第2章 奇妙な発音、奇天烈な文法、おまけに気まぐれな語句
シャム語(現タイ語)の字母のように、小さな丸や奇妙なかぎとか面倒な文字の組み合わせを持った言語、またアムハラ語のような、不恰好な形の子音字からとがった母音字の角が出ているような言語を覚えるのも容易ではありません。
ところが、それにもましてつらいのは、アルファベットを考え出す仕事です。それも、わけの分からない言語の迷路に入り込み、耳にしたこともない発音を相手に、無から始めるのですからたまりません。
宣教師に音声学や言語構造の基礎知識があれば、ことは比較的簡単ですが(1)、たいていは言語学の知識が皆無といった状態のまま、とんでもない辺境の地に行ってしまうので、その結果、現地人語の奇妙な言葉がまるで何の意味もなく、チンプンカンプンと耳に流れ込んで来るように感じます。
「よくまあ、あんなにひっきりなしに、早口でしゃべるね」と音を上げる宣教師も1人や2人ではありません。事実これは、何か外国語を聞いたとき、誰でも必ず感じることです。知らない言葉の耳慣れない音は、いつも恐ろしく速く聞こえるものです。
ところで、土地の人たちの話す速さなどはまだいいのです。発音の中にはうんざりするほど面倒なものがあり、それを習得する苦労はまるで拷問です。アフリカで一般に行われている難関は、二重子音の発音です。gb とか kp と書かれている音は、g と b、k と p の連続ではありません。どっちかというと gb とか kp という結合は、同時に発音されるのです。
もしなんでしたら、試しに Ngbaka という語を発音してみてください。これはアフリカにある1言語の名前です。これは、きちんと明確に一つ一つ分かれた n、g、b の連続音からなってはいません。n の音が始まるときは、まず口の後ろの方で舌を丸めて、息を鼻から出すのですが、これはほんの一瞬で、このあとすぐ唇を閉じ、鼻を通る息は遮断され、次いで g と b の音が同時に発音されるのです。
口蓋垂(のどひこ)をふるわせることなど何でもなくできる人もいます。これは私たち誰もが、いびきをかくときにはすることで、うがいをしながらこの練習ができます──ところが舌の先をふるわせるということになると、少々難しくなります。
実際、舌を前後にばたばたさせているうちに、自分の舌がポンプの柄のように堅くなってしまうほど苦心する人もいます。あげくの果てに出てくる音といえば、聞き苦しいごろごろ音です。
ところが唇をふるわせなくてはならぬとしたらどうでしょう。これを宣教師は練習しなければならないのです。例えば、中央アフリカの1国ガボンのイプヌ語では「香り」に相当する語は mbbunga です。これは奇妙な m で始まり、2つ b が重なっている音は、ただ両唇をふるわせるのです。大体人が寒いときに思わずブルブルと言うときの音のように発音されます。
もっと奇抜な言語には、さらにたくさんのおかしな音があります。──おかしなというのは私たちが聞いておかしいので、私たちの口にする音も、ほかの人たちには同じように奇妙でばかげて響くのです。
私たちが glimpsed streams(ちらりと見えた流れ)というようなことを言うとき、この子音の結合もあまり扱いやすいものではないでしょう。最初の語の母音iと、次の語の母音の間に、7つもの異なった子音があります。書くときには、その間に1つ e が入りますが、この母音は発音しません。
北部コンゴのングバカ人は、私たちがfとかvを発音するとき、下唇を上の歯に持っていくのをおかしいと考えています。彼らにとっては、ちょうど kakaba(カラス)の b の音のように、下唇を上歯の内側に入れてぽんとはじき出す方が、まだ理屈に合っていると思うのです。
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【書籍紹介】
ユージン・ナイダ著『神声人語―御言葉は異文化を超えて』
訳者:繁尾久・郡司利男 改訂増補者:浜島敏
世界の人里離れた地域で聖書翻訳を行っている宣教師たちと一緒に仕事をすることになって、何百という言語に聖書を翻訳するという素晴らしい側面を学ぶまたとない機会に恵まれました。世界の70カ国を越える国々を訪れ、150語以上の言語についてのさまざまな問題点を教えられました。その間、私たち夫婦はこれらの感動的な仕事の技術的な面や、人の興味をそそるような事柄について、詳細なメモを取りました。
宣教師たちは、未知の言語の文字を作り、文法書や辞書を書き、それらの言語という道具を使って神の言葉のメッセージを伝えるのです。私たちは、この本を準備するに当たって、これらの宣教師の戦略の扉を開くことで、私たちが受けたわくわくするような霊的な恵みを他の人たちにもお分かちしたいという願いを持ちました。本書に上げられているたくさんの資料を提供してくださった多くの宣教師の皆さんに心から感謝いたします。これらの方々は、一緒に仕事をしておられる同労者を除いてはほとんど知られることはないでしょう。また、それらの言語で神の言葉を備え、有効な伝道活動の基礎を作ったことにより、その土地に住む人々に素晴らしい宝を与えられたことになります。その人たちは、彼らの尊い仕事を決して忘れることはないでしょう。
本書は説教やレッスンのための教材として役立つ資料を豊富に備えていますが、その目的で牧師や日曜学校教師だけのために書かれたものではありません。クリスチャン生活のこれまで知らなかった領域を知りたいと思っておられる一般クリスチャンへの入門書ともなっています。読者の便宜に資するために3種類の索引をつけました。①聖句索引、本書に引用されている聖書箇所を聖書の順に並べました、②言語索引、これらのほとんど知られていない言語の地理上の説明も加えました、③総索引、題目と聖書の表現のリストを上げました。
ユージン・ナイダ
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