25日から、ペンシルバニア州フィラデルフィアで民主党全国大会が開催され、ヒラリー・クリントン氏が正式に民主党大統領候補としての指名を受けた。開催前に民主党全国大会委員長が辞任を発表したり、サンダース氏がヒラリー氏支持を表明したときにブーイングが上がったり・・・。共和党ほどではないが、民主党も一枚岩で存続しているわけではないことがうかがい知れる。
大会内で、ヒラリー氏は正式にティム・ケイン(Timothy Michael "Tim" Kaine)氏、58歳を副大統領候補として指名した。これで共和党トランプ・ペンス組、民主党ヒラリー・ケイン組が正式に候補者となった。役者はそろった。11月へ向けて大統領選挙もヤマ場を迎えることになる。
今回は、民主党副大統領候補となったティム・ケイン氏について紹介してみよう。
ケイン氏はアイルランド系移民の子として、ミズーリ州カンザスシティーに生まれた。1979年、ミズーリ大学に進学し、経済学を学んだ。学士号取得に必要な単位は3年生までに取り終えたということだから、かなりの秀才であったろう。
大学卒業後はカンザスシティーの非営利団体に就職し、ハーバード大学ロースクールにも入学した。この間、宣教ボランティア団体「イエズス会ボランティア団体(Jesuit Volunteer Corps)」のスタッフとしてホンジュラスに滞在し、スペイン語を習得した。この経験が、今回の副大統領指名の大きな決め手となっている。
ロースクール修了後、法律家として住宅問題や障がい者差別の問題に取り組んだ。同時にリッチモンド大学ロースクールでは6年間、非常勤教授として学生に法倫理を指導し、同市での地盤を築いていく。
そして1994年リッチモンド市議に初当選し、98年には同市市長となる。2001年にバージニア州副知事となり、06年からは知事として交通問題やエネルギー問題、環境問題などに熱心に取り組んだ。
特筆すべきは、バージニア州が管理する全ての施設での禁煙を命ずる知事令を発したことである。09年には南部州で初めてレストランやバーでの禁煙を命じる法律にも署名している。
在任中の07年に起きたバージニア州工科大学銃乱射事件では、来日中であったにもかかわらず、すぐに自州へ引き返し、銃規制を訴えるキャンペーンを行っている。この対応が高く評価され、その名が注目されることとなった。09年から11年にかけて民主党全国委員会の委員長を務め、13年からは上院議員となり、現在に至っている。
ケイン氏の宗教的バックグラウンドについてだが、カトリックの海外宣教団に学生時代から所属し、そこでスペイン語を習得していることからみても、かなり熱心なカトリック信者であることがうかがえる。
同時に、このような人物をヒラリー大統領候補がパートナーとして選ぶということから、今回民主党はあまり宗教的な違いを選挙の争点にしたがってはいないということも分かる。スペイン語を話すことでヒスパニック系有権者へのアピールや、大統領選の接戦州の1つのバージニアで有利に働くことなどを期待されているのだろう。
そして当然、ヒスパニックに対して「メキシコとの国境に壁を造るぞ」と発言した共和党トランプ氏をけん制する意味も含まれているだろう。違いを鮮明にするのに、これほど適した人物はいない。
トランプ・ペンス組共和党は、「メキシコ国境の壁」発言や「イスラムの締め出し」提案など、保守的WSAPが喜びそうな発言を繰り返すことで結束を固め、一方で福祉や税金に関する共和党従来の在り方(小さな政府)を打破する公約を掲げることで、現代のヒスパニック系などの移民としてやってきた人々を実利的に取り込む政策であることが分かる。
一方ヒラリー・ケイン組民主党は、ストレートにヒスパニック系に語り掛けられる人物を擁することで、「壁」発言に怒りやおののきを感じている人々を取り込み、民主党カラーを前面に押し出そうとしていることが分かる。
その証左として挙げられるのが、7月23日に行われたフロリダ州マイアミでの民主党の選挙集会である。この中で、民主党の副大統領候補として初めて姿を現したケイン氏は、第一声にスペイン語であいさつをしている。
彼の立ち位置が透けて見えるエピソードであろう。米国でのケイン氏の評価は、「手堅い実務家であるが知名度は高くない」ということであるが、今後どうなっていくであろうか。
しかし、州レベルから国家レベルでの働きにステージが移ったことで、彼の長所として挙げられている「手堅い実務家」としての一面が、早くも揺らぎ始めていることを最後に指摘しておこう。
ケイン氏は環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)の推進派として有名であったし、積極的に関与する発言を繰り返してきた。しかし、ヒラリー氏はこれに対して、条件付き、または補正することで容認する、という慎重派で名が通っていたのである。ここに2人の違いを見る識者も多い。
そして7月23日の初登壇以後、ケイン氏は自身の主張を翻すようになっていく。TPPをこのまま推し進めるのではなく、「修正が必要なところがある」と発言するようになってきたことである。これは実直にキャリアを積み上げてきたケイン氏の在り方としては、少なからず驚きの展開といえる。
これからも「政治的判断」の名の下に、さまざまな変化が両党の候補者に迫られることであろう。そのたびごとに重箱の隅をつつくように以前の発言を取り上げて、矛盾点を突くことも可能である。
しかし、私たちが本当に知りたいのは、米国という国家がこれから4年間に進むべき方向性である。そういった意味で、今回の大統領選挙は、余りにも対照的な両陣営の候補者が出そろったと言わざるを得ないだろう。
さあ、4年に1度の王様選び、いよいよクライマックスだ。