世界一のベストセラーといわれる聖書。天地創造、アダムとエバの楽園追放、モーセの十戒、イエス・キリストの誕生、最後の晩餐など、誰もが耳にしたことがある有名なエピソード満載でありながら、その全容となると、あまり知られていないのではないだろうか。本書は、物語に登場するたくさんの人名、地名を中心に、聖書のキーワードを選びだし、その意味と内容を言葉のルーツにさかのぼって味わい深く解説する聖書入門の決定版だ。
本書は、長い間聖書の言葉を知る事典として版を重ねてきた岩波ジュニア新書『聖書小事典』(1992年)の改訂版で、聖書を物語として読み進め、さらに深く考えていくための「読む聖書事典」として旧版に大幅に手を加えたものとなっている。掲載される豊富な関連絵画の図版によって、物語の様子をより具体的に思い浮かべることもでき、読み物として楽しい。そのため、ア行から順に読んでも、興味のある項目から読んでも、全く支障はない。
また、言葉の事典としても初めて聖書を読む人が困難と思う複数の同名者には番号がふられており、他の関連項目の説明の中でもその番号で示されるなど非常に分かりやすい。さらに、それぞれの言葉には英語表記も併記されている。ギリシャ語などの語源も知ることができ、1つの言葉が他の用語と深く関連していることが分かる。例えば、英語の「チャーチ」(church、教会)は「主に属するもの」を意味し、ギリシャ語の「主」にあたる「キュリオス」からつくられた言葉だという。
著者は、宮城学院女子大学名誉教授の山形孝夫氏。宗教人類学が専攻で、これまでにも聖書を歴史や慣習や文化といったところから読み解き、絵画をふんだんに取り入れた『図説聖書物語』の旧約篇と新約篇を刊行している。本書でも、出エジプト記での「奇跡のマナの物語」がシナイ半島の遊牧民の習俗から生まれた話であること、キリストが「救い主」を意味するイエスの称号であり、当時イエスを救い主として頑強に否定したユダヤ教徒に対峙する意味合いが込められていること等々、当時の社会の在り方が聖書の物語に大きく反映していることを語っている。
クリスチャンにとっては神の言葉である聖書だが、それはまた、西洋や中東の文化を理解する上で必要な教養として読むこともできることを、本書はあらためて教えてくれる。本書はそのどちらにとっての学びにもなる。巻末には、旧約・新約聖書の成り立ち、聖書の歴史年表、聖書の関連地図なども収録されており、聖書に対してより深い興味を沸き立たせる。
読者の興味が、教養としての聖書に向かうのか、それとも、荒野を放浪中のイスラエル人のように「マナ」を天より降ってきた「神の賜物」として受け取り、そこに確かな救いの御業を見るに至るのかは分からない。ただ、本書を読むと、そのキーワードのある聖書箇所を無性に読みたくなるので、聖書を横に置いて読むことをお勧めする。
山形孝夫著『読む聖書事典』ちくま学芸文庫、2015年12月9日発行、定価1200円(税別)