7. 安倍内閣がいう安保法合憲論の矛盾点
それでは、安倍政権は、このような違憲の安保法をどういう理由で合憲だと言うのでしょうか。それは、砂川判決をうまく利用しているのです。砂川判決というのは、1959年(昭和34年)に最高裁判所が出した判決です。砂川事件は1957年(昭和32年)、東京都立川市にある米軍基地の拡張工事で、これに反対する学生7人が米軍基地に立ち入った。これが、(旧)日米安保条約に基づく刑事特別法に違反するとして罰せられた事件です。
この事件で、東京地方裁判所は、刑事特別法を違憲として学生たちを無罪にしました。検察は最高裁判所へ飛躍上告しました。最高裁判所は、安保条約については違憲か合憲かの判断をしなかった。これがいわゆる統治行為論です。そして裁判のやり直しを命じたのです。この判決の中で一般論として、「わが国が国の平和と安全を維持し存立を全うするために必要な自衛のための措置をとりうる」と言っているのです。安倍内閣はこの言葉に飛び付いたのです。そして集団的自衛権は、国際情勢の変化に伴い、必要な自衛の措置だと言うのです。
先ほど、田中内閣の1972年の見解の話をしました。田中内閣は、この砂川判決により、個別的自衛権は認められるが、集団的自衛権は認められないという見解を出したのです。安倍内閣が合憲の理由として砂川判決や、1972年の政府見解を引き合いに出すのは、法理的にも政策的にもおかしいのです。砂川判決を都合よく利用しているだけです。その上、1972年の政府見解とも矛盾します。このように安倍政権の合憲の主張は、ダブルの間違いを含んでいます。こういう矛盾尽くしの安保法ですから、政府の説明もまた矛盾してくるのは当たり前です。
8. 安保法への批判
このような安保法に対し、国民の間から大きな批判の声が上がりました。国会前、全国各地でデモがありました。多くの学者が批判声明を出しました。多くの憲法学者が違憲の声明を出しました。日本弁護士連合会が批判声明を出しました。注目されたのは今年6月4日、衆議院憲法審査会で、3人の憲法学者がそろって安保法案は憲法違反だと指摘しました。
1人は自民党推薦の長谷部恭男・早稲田大学教授です。長谷部氏が問題にしたのは、集団的自衛権の行使は認められないという従来の政府の憲法解釈を変更し、行使を認めた昨年7月1日の閣議決定です。こんなことがまかり通ると法的安定性が失われると批判し、法案は違憲だとしたのです。また、民主党推薦の小林節・慶応義塾大学名誉教授は、もともと憲法9条の改憲論者ですが、立憲主義を尊重する学者です。小林氏は、自衛隊による他国軍への後方支援は、日本の特殊な概念で、要するに戦場に後ろから参戦する、前からしないというだけの話しだと言い、「法案は露骨な戦争参加法案だ」と指摘したのです。お2人の主張はその通りです。
最後に紹介しておきたいのは、山口繁元最高裁判所長官の発言です。山口氏は、朝日新聞(2015年9月3日付)のインタビューで、安保法は違憲と言わざるを得ないと述べています。その理由として、1972年の田中内閣以降の政府見解を挙げるのです。それは先ほども言いましたように、集団的自衛権の行使は、憲法9条の下では許されないとする政府見解です。この政府見解の下で、予算の編成や立法がなされ、国民の大多数がそれを支持してきた。従来の解釈が骨肉化している。それを変えるのなら、憲法改正を国民にアピールするのが正攻法だ、と言うのです。これは、長谷部氏や小林氏の発言と同じです。政府が、1972年の政府見解と整合性があると言うのなら、まず1972年の政府見解は間違いであったと言うべきです、とはっきり言っています。
また、限定的な集団的自衛権の行使は認められるという政府の主張についてどう考えますか、という質問に対し、こう言うのです。日米安保条約の議論がなされていないのがふに落ちない、理解できないと言うのです。日米安保条約の5条を見てください。そこには、「日本国の施政の下にある領域における」とあります。日本の領土・領海・領空で攻撃を受けたとき、日米が共同の武力行動を取るとしているのです。つまり、米国が集団的自衛権を行使して日本を守るという条約なのです。日本が海外で米国を集団的自衛権で守るというのなら、それは日米安保条約を改めなければならん、と言うのです。法理論上はその通りです。ところが、日米安保条約を改めるとなると大問題です。それで政府はそのような問題を隠しておいて、この4月に日米防衛協力の指針(ガイドライン)を改めています。そういう隠された問題もあるのです。
安倍内閣は、集団的自衛権は憲法上行使できると言うのです。これは、これまで説明した通りです。これに対し最近は、最高裁判所の元裁判官や高等裁判所の元裁判官が批判しています。法律の専門家、特に元裁判官が政治を批判するというのは異例のことです。今まで例がありません。元内閣法制局長官も批判しています。今度の安保法がどんなに間違っているかを示していると思います。
こういう批判の声を押し切って、与党は9月17、18日に参議院で強行採決しました。衆議院でも強行採決。せめて参議院では慎重審議をと願っていましたが、衆議院以上のぶざまな強行採決でした。9月17日の午後1時ごろから4時ごろまで、参議院特別委員会の審議の模様をテレビで見ましたが、最後の数分は怒号と混乱の中、採決があったなどとは言えません。議事録には「聴取不能」と書かれているそうです。この特別委員会では総括質疑も行われないまま、突然、法案の採決が行われました。これは、参議院規則にも違反しています。弁護士や大学教授から「採決不存在」の声明が出されました。私も賛同しておきました。憲法違反の法案をあのような超強行採決で通す。これはこの国の議会政治に大きな汚点を残すことになります。
安倍首相は積極的平和主義ということをよく言います。あれは平和主義ではありません。積極的軍備拡張主義です。その中身は今お話しした安保法制法です。戦争法です。このことをこれからも批判し続けねばなりません。
「採決」後の朝日新聞の世論調査によると、安保法に反対51%、賛成30%、審議の進め方がよくない67%、審議が尽くされていない75%だそうです。
おわりに
最初に言いましたように、今年は新しい「戦前」の年になる可能性があります。それを避けねばなりません。どうすればよいか。これを皆さんに考えてほしい。人ごとではありません。国民一人一人の問題です。私は思うのです。あの国会を取り巻くデモ隊の動きや全国各地の安保法案反対集会のニュースを見て、国民の中にようやく市民意識が芽生えてきたなと。国民自らが動き始めた。自分たちが政治を動かさねばという意識が生まれてきたのです。それがなければ、政治は良くなりません。そういう市民意識が芽生えてきたようです。これは、日本の民主主義の一歩前進です。これを育てていかねばなりません。これが、この夏のせめてもの希望のともしびです。
旧約聖書 イザヤ書2章4〜5節(新共同訳)
主は国々の争いを裁き、多くの民を戒められる。
彼らは剣を打ち直して鋤(すき)とし
槍(やり)を打ち直して鎌とする。
国は国に向かって剣を上げず
もはや戦うことを学ばない。
ヤコブの家よ、主の光の中を歩もう。
(2015年9月27日)
※ この文章は、9月27日に日本基督教団四條町教会で行われた宮本栄三氏による講演の原稿を加筆修正したものです。
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宮本栄三(みやもと・えいぞう):1930年、和歌山県生まれ。同志社大学大学院法学研究科博士課程単位取得後、近江兄弟社中学・高等学校校長、四国学院大学助教授を経て、73年より宇都宮大学教授、95年より国士舘大学法学部・大学院法学研究科教授。共著書に『判例憲法学』(ミネルヴァ書房、1958年)、『現代法講義・憲法』(三省堂、1981年)、『新訂 現代日本の憲法』(法律文化社、1989年)、編著書に『現代日本の憲法 人権と平和』(法律文化社、1995年)などがある。現在、宇都宮大学名誉教授。日本基督教団四條町教会員。「九条の会・栃木」共同代表。