卒業式で「君が代」の伴奏を拒否したことに対する東京都人事委員会の減給処分は不当であり、憲法19条(思想・良心の自由)と20条(信教の自由)に違反するなどとして提訴していたクリスチャンの元小学校音楽教諭、岸田静枝(しずえ)さん(65)に対し、東京地方裁判所は8日、減給処分の取り消しを命じる判決を下した。
「今は感謝。一人ではやってこられなかったことです」と、日本聖公会清瀬聖母教会(東京都清瀬市)の信徒である岸田さんは、この判決を受けての気持ちを本紙に語った。
この判決を直接傍聴したという同教会の井口諭司祭は、本紙に電話で、「信仰的にとても真面目な岸田さんが『君が代』伴奏の強制に屈しなかったことは、牧師としてうれしい」と語った。
判決文には、主文として次のように記されている。
- 東京都教育委員会が、平成22(2010)年3月30日付けで原告に対してした停職1月の懲戒処分(ただし、東京都人事委員会の平成25(2013)年2月7日付け裁決により1月間給料の10分の1を減ずる懲戒処分に修正された後のもの)を取り消す。
- 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
- 訴訟費用は、これを2分し、その1を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
一方、今回の判決では、憲法19条と20条に関する原告の訴えは認められなかった。
判決後に同地裁内で行われた記者会見で、この訴訟の弁護団の一人である高橋拓也弁護士は、記者団に対し、今回の裁判における訴えのポイントとして、1)職務命令そのものが憲法20条(信教の自由)に違反し、「君が代」伴奏は岸田さんの信仰と相容れない、2)減給処分が重過ぎ、懲戒に関する裁量権を逸脱している、という2つの点であると説明した。2)については、過去4回の被違行為に対する処分としては重過ぎると認められたが、1)の信教の自由に関しては、「あまり新しい判断が見られなかった。過去の19条に関する最高裁判例を踏襲したもの。そこは残念だった」と語った。
一方、判決文には、「君が代」の不伴奏が岸田さんの「信仰等に起因するものである」と一行あることを指摘。高橋弁護士は本紙に対し、信教の自由については「今後も検討課題だ」と語った。
岸田さんは記者会見で、「取り消されたことはとても大きなこと。いろいろな方々と歩いてきた道で、時には背中を押してくれたりして、今日の判決を迎えたことはすごくうれしい」と語った。「減給処分は駄目なんだということを裁判所が判断したことで、いろんな方々とやってきて良かった」と、岸田さんはこれまでを振り返って感想を述べた。
一方、「私は生き方としてキリスト教の信仰を持っているのであって、日曜日だけ信仰を持っているのではない。学校にいようがどこにいようが、私の生き方なのに、(判決が憲法)20条(の信教の自由)に触れていないのが不満だ」とも語った。
岸田さんによると、2010年3月30日に停職処分を1日受け、その処分取り消しを求めて、東京都人事委員会に審査請求をしたところ、同委員会が減給処分に「修正」したという。これを「不当裁決」だとした岸田さんは、13年8月8日に東京地裁に今回の訴えを起こした。
「日の丸・君が代」の問題をめぐっては、日本聖公会東京教区が声明を出しており、この裁判の間には、井田泉司祭(日本聖公会奈良基督教会)が東京地裁に意見書を提出していたが、裁判所はそれらを全く考慮していないと岸田さんは批判。「法の番人である裁判所はちゃんと判断していない」と厳しい意見を述べた。
「控訴するのか?」という記者団からの質問に対し、岸田さんは「考え中」と答えた。
岸田さんのある支援者は、教員が学校で自分自身の思想を持つことを許されていない実態を記者団に訴えた。
岸田さんは、先月行われた第39回日本カトリック「正義と平和」全国集会2015東京大会の中で開かれたフォーラムで、この裁判について発題し、関連する文章を配布していた。その中で岸田さんは、「日の丸・君が代」の職務命令が出され、監視やどう喝、人権蹂躙(じゅうりん)、強制人事異動などを受けた日に触れつつも、「教会の外で泣いていた日々は終わりました。私は、思い出したくない『あの日』と向き合い、自分だけ逃げ続けた『あの日』からも、逃げないでいたいと思います」などと記していた。
なお、岸田さんはこの判決を受けて、10月17日(土)午後2時〜4時半に、日本聖公会浅草聖ヨハネ教会(東京都台東区)で行われる祈りの会で、証しをするという。