介護インターシップ型自立支援プログラム「ミライ塾」。これは、大学生や専門学校生を塾生として介護事業所で受け入れ、進学を支援するプログラムで、経済的な理由などで進学が困難な学生をサポートする介護版の奨学生制度だ。教育格差問題の解決と、人材難といわれる介護業界の刷新に新たな発想で取り組む株式会社介護コネクション代表取締役の奥平幹也さんに話を聞いた。
夢を実現するために大学などへの進学を介護現場で働くことで実現するミライ塾。奥平さん自身が学生時代に経験した新聞奨学生と同じようなシステムが介護の世界でも生かせないかと考えて始まった。「現在、経済的な理由で進学できなかったり、奨学金を活用して大学に進学できても、卒業後の返済が困難な若者が増えつつあることが社会問題になっています。その一方で、介護業界は人手不足が問題となっている。こういった問題を同時に解決したいと思いました」と、奥平さんは事業を立ち上げた理由を説明する。
学生に目を向けたことについて、「これからますます高齢化が進む中、高齢者を支えていく仕組みも大事だが、今後高齢化社会を支えていくことになる若い人たちをサポートすることも大事だと考えています」「介護の現場を経験した人が、いろいろな業界で活躍していくという状態をつくっていけば、その分だけ介護・高齢化社会に関心を持つ人が増えていくことになります。ゆくゆくは、その人たちが介護・高齢化社会を支える力になるはずです」と期待を口にする。
現在、トライアル生として介護施設で働く男子学生はSE(システムエンジニア)を目指している。奥平さんは、「彼が将来SEになったとき、介護のマインドを持っていることで、開発するプログラムにそのことが反映されるはず。直接介護現場の働き手にならなくても、介護ということにつながっていくことが大切」と、ミライ塾が目指す社会貢献について話す。「『100人の介護専門家より、1000人の介護経験者をつくる』ことがミライ塾のテーマです」と力を込める。
ミライ塾の奨学金の特徴は、授業料だけではなく、① 入学する前に必要となる入学金も借りられる、② 日本学生支援機構の奨学金などと組み合わせ、プログラムによっては在学中の4年間で返済できる、③ 最高30万円のお祝い金を受け取れることだ。
「介護の仕事は、職業として考えれば仕組み上、決して高い収入とはいえませんが、学生のバイトとして考えれば、コンビニや居酒屋などでの深夜アルバイトなどに比べても、時給は決して低くはありません」と、介護で問題にされる低賃金について指摘する。その上で、「毎朝夕拘束される新聞奨学生と違い、勤務時間をうまく調整すれば学業にほぼ影響せず自由に働けるし、夜間の学生や女性でも十分に働ける環境です」と、ミライ塾の長所を語る。さらに、「介護の仕事というと、ネガティブなイメージを持たれがちだが、そこで得られる能力は、社会人として必要とされる社会基礎力や人間力を磨くための環境としては最適だと思っており、この能力は様々な業界で十分に生かせるもの。これからのわが国の状況を考えると、企業が介護経験のある人材を積極的に雇用する時代が来るのではないか」と強調する。企業と介護の現場で人材の交流ができることが理想だという。
沖縄県で生まれた奥平さんは、クリスチャンだった母親の影響で地元の教会の日曜学校に通っていた。中学時代はカトリックの神父を目指して長崎の神学校の寮で過ごしたという。しかし、高校生になったとき、もっと視野を広げたいと思うようになり、沖縄の首里高校に受験し直した。「1年の時はクラスメイトが話す話題に全くついていけませんでした」と、神学校と公立高校の雰囲気の違いになかなかなじめなかったことを振り返る。
奥平さんに変化が訪れたのは高校2年の時。弓道部の部長となり、体力だけではなく、メンタル面も鍛えられたという。チームで試合をする弓道は、自分のミスが部全体の勝敗に直接つながるため、集中力が身に付き、緊張感のオンとオフをうまく調節できるようになった。卒業後は、大学進学のため上京するが、兄弟が多く学費や親からの仕送りは期待できなかったので、既に兄が新聞奨学生として東京で暮らしていたこともあり、当然のように同じ道を進んだ。当時は「新聞奨学生=苦学生」というイメージは特段なかったという。むしろ、配達ルートをより効率化するために工夫したり、ポストに投げ込むときに無駄のない動作を研究したり、集金の効率化を図ったり、仕事を面白くするためのアイデアをいつも考えていたという。その他にも、仕事が楽しくてラーメン屋でのバイトや駐車場整備のバイトもこっそりやっていたという。
奥平さんは、「どんな仕事でも人と関わり合うことになりますが、特に介護の仕事は人と関わるのが仕事で、私自身はまだ介護経験は浅いですが、その関わり方が介護の難しさでもあり楽しさなのではないかと感じております」と言う。「これまでたくさんの施設を見る機会があり、またたくさんの介護職の方とお会いする機会に恵まれましたが、介護という仕事に誇りを持って取り組んで生き生きと働いている方がいる一方で、人材不足や慣れなどによりその仕事が『作業化』されてしまい、ご利用者様との意思の疎通がうまくできていないと思われる現場も多く見てきました。ミライ塾を通して、これまで介護経験のない若い子たちが、今の介護の現場に何を感じ、どう変化していくのかがとても楽しみですし、彼らがいることで、他の介護職の方やご利用者様へどのような変化を生み出していくのかがとても楽しみです」
介護業界に関わる大手企業との業務提携も決まり、まず、来年度に向けて50~100人程度の受け入れ枠の確保と塾生支援を目指したいと意気込む。奥平さんは、「ここまで来られたのも家族の理解と支えがあったから」だと言う。かつては神父を目指しながらも、別の道を歩んだ奥平さんだが、「やはり今の自分のベースにあるのはクリスチャンとしての精神だと思います」と最後に語った。