旧約聖書は神の言葉であると同時に、そこに記された出来事は史実である――それを実感させてくれるのが、東京・御茶ノ水にある日本一小さな聖書資料館「聖書考古学資料館」だ。一室しかない資料館には、聖書と関連した古代オリエントや地中海世界の考古学資料が所狭しと展示され、見ていると遠い異国のはるか古代を体験できる。
入ってまず目を引くのは、石碑「ブラック・オベリスク」。この2メートルの高さの石碑には、聖書の背景となる記事が楔(くさび)形のアッシリア文字とレリーフで記されている。特に目を引くのは2段目で、旧約聖書の列王記下に出てくるイスラエルの王エフーのことが記されている。石碑のオリジナルは、大英博物館に所蔵されており、資料館に展示されているのはレプリカだが見応えは確か。
もう一つは、メシャの碑文のレプリカ。碑文の中には聖書と同じ記述があり、こちらもまた聖書の記事を裏付ける貴重な資料となっている。この碑文のオリジナルは、パリのルーブル美術館で展示されている。
また、入り口を入って左側のガラスケースには、何種類かのランプが展示されている。紀元前2200年頃までは、ランプといっても現在の食用のお碗(わん)とあまり変わらず、その後だんだんと灯心のための溝が作られていく変遷を見ることができる。解説によれば、「マタイの福音書の『十人の娘のともしび』は、紀元前37年から紀元後135年のヘロデ時代によく用いられたヘロデランプと呼ばれるものの一種と思われる」という。
ランプの他にも、碗や壺など日常の生活用品から、矢じりや投石など、旧約聖書に出てくる戦いで使われていた武器も展示されており、旧約聖書に記された出来事がまさに歴史的事実として語り掛けてくる。
興味深いのは、アラム語の呪文碗。この土器は、依頼人の癒やしのために、アラム語で悪魔払いの呪文が碗の内側に渦巻き状に書き込まれ、中央に悪魔の顔が描かれている。解説によると、「主の御名を用いて命じることや、ゼカリヤ3章2節の聖書の言葉の引用もあるが、聖書の真意から外れた誤用というべきもの」とされている。
正面中央の陳列棚にある「ペリシテ土器」は、日本でも珍しいもので、一見に値する。当時のイスラエルの土器に比べると、その造りは遥かに高度で、デザインも卓越している。聖書を読んで抱いていた「ペリシテ」のイメージは、大きく変わるであろう。その他、実際に証拠となるものを見ることで、聖書の世界を現実味をもって感じることができる。
資料館を訪れた日、名古屋から遊びに来たという20代の若者2人と一緒になった。聞けば一人は神学生だという。「すごい、革袋だ! これにぶどう酒を入れたの?」という彼らの声に振り返ると、リュックのような黒ずんだ袋が展示されていた。後で見ると、「容量2リットル・女性用」と書かれたプレートが付いている。これを使っていた人と同じ神を信じているのだと考えると、不思議な気持ちになりながら、しばらく古びた革袋を眺めていた。
資料館は、昨年20周年を迎え、さまざまなテーマでパネル展を行っている。現在開催中のパネル展は「使徒パウロの伝道旅行」。パウロが3度にわたって伝道した道のりをパネルで紹介している。こちらも併せて見学することができる。
「聖書」「考古学」と聞くと、専門知識がないと難しいというイメージがあるかもしれないが、この2つが一緒になると面白さに変わる。聖書の中に出てくる歴史について興味のある人や、知的好奇心がくすぐられたい人には貴重な資料館だ。
■ 聖書考古学資料館(開館:毎週月・土 午後1時〜6時、入館無料)
http://tmba-museum.jp/page/page_03/museum_gide/museum_gide.html