1.赦し難きを赦す
「このようなひどい傷害を私に負わせていながら、私に対して一度の謝罪もない残忍無慈悲な加害者を絶対に赦すことはできません。どうかできる限りの厳しい実刑処分にしてくださいますよう、切にお願いいたします」
被害者のクリスチャン女性が検察官に書いた嘆願書である。夫からDVを受け逃げてきた妻とその家族を、何年も陰に日向に助けてきた。事件はある日、逃げてきた妻をかばった彼女に対して、逆切れした夫が殴る蹴るの暴行を働いたものである。
被害者は全身打撲と骨折を伴う大きな傷を負った。被害現場の状況を思い出すたびに恐怖心にとらわれ、日々の体の苦痛から加害者に対する激しい憎しみのとりこになった。心身ともに病んで仕事もできなくなった。どうしても加害者を刑務所に入れなければ気がすまなかった。
私は彼女から被害弁償の示談交渉を頼まれたが、金額の差がありすぎて暗礁に乗りあげてしまった。そこで、刑事裁判の法廷で被害者の意見を述べることにした。彼女はありったけの苦い思いを意見陳述書に書き尽くした。
ところが、聖霊が働かれて、結論としては、加害者を赦すようにと促された。赦さないという肉の思いと赦しなさいという霊の思いの間に激しい葛藤があった。加害者が刑務所に入ったら、残された家族が路頭に迷ってしまう。ついに赦す気持ちが打ち勝った。
こうして加害者を赦した途端、心のわだかまりが消えて、彼女の表情が見違えるように穏やかになった。周囲の人も彼女の変わりように驚くほどであった。
彼女の赦しの意見陳述は、加害者を裁く法廷で関係者の静かな感動を呼んだ。閉廷と同時に加害者の弁護人が走り寄って示談の申し入れをした。
示談がうまくいくかどうかはまだわからない。だが、この赦しを一番喜んでおられる天の父は、被害者の罪をも赦し、彼女を大いに祝福してくださるに違いない。
2.赦す力
「私は長年にわたって私を刑務所に閉じ込めた白人政府を赦す。多くの黒人を差別し弾圧してきた白人たちを赦す。憎しみと恐れは、この国の人種問題を解決することはできない。これからは暴力によらず公正な選挙によって、肌の色による差別をしない政治が行われるようにしたい」
人権派の黒人弁護士として活躍していたネルソン・マンデラ氏。悪名高い南アフリカの人種差別制度・アパルトヘイトに反対し、少数支配の白人政府に怒り憎しみと暴力で対抗した非合法黒人グループのリーダーであった。白人と黒人の間で、爆破や銃撃戦による流血の惨事が繰り広げられた。
警察に逮捕されたマンデラ氏は、本来なら死刑であるところ、世論を恐れた白人裁判官から終身刑を言い渡された。大統領特赦で釈放されたが、44歳から71歳までの27年間を刑務所で過ごした。
マンデラ氏は、獄中で自我が砕かれ、すべてのことを神に感謝する祈りの人に変えられた。恐れと憎しみの暴力主義者から、愛と赦しの平和主義者へと変えられた。
釈放後、上記の声明を発表したマンデラ氏は、南アフリカ共和国の初代黒人大統領に当選し、人種差別を完全に撤廃した。後にノーベル平和賞を受賞した。
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