日本で初めて「日常生活における自己表現」の意味での社会学的用語として「パフォーマンス」の語を導入し、「パフォーマンス学」の第一人者として有名なクリスチャン心理学者佐藤綾子氏に、「キリスト教と自己表現」の関わり、キリスト教を信じるようになった経緯について聞いた。
CT どのようにしてキリスト教を信じるに至ったのでしょうか?
〜悲しみと嬉しさの狭間で導かれた教会〜
2001年2月に5年がかりで作成された博士論文が受理され、心理学博士号を取得することができました。しかし同じ時期、2001年3月7日に母が死んでしまいました。これまで母だけに人生の相談をしてきましたが、その母の亡くなり方があまりにも悲惨で、神も仏もないという感じでした。生前の母は骨粗鬆症で全身が痛くて、死んだ方がいいとも思っていたようです。生きる気力が無くなると、人間はどんどん病気になってしまう様で、あっという間に亡くなってしまったように思います。その母の亡骸を見て、私も妹も後悔しました。妹は母と同居して看病していましたので、力いっぱい看病したという思いがあるのですが、私は長女なのに何も看てあげなくて妹まかせでした。実家のある長野県松本市に頻繁に帰ってはいましたが、毎日母と一緒にはいませんでした。そのことで、娘としてきちんと面倒を看なかったというか、やるべきことをやらなかったという気持ちがものすごくあり、随分落ち込みました。
一方で私には20年間連れ添った心臓外科医の夫がいましたが、彼には自分の仕事が大変なので私の仕事を辞めてほしいと言われましたが、私は「パフォーマンス学」の先駆者としてこれからどうしても開拓していかなければならなかったので、これ以上一緒に結婚生活ができないと判断し、自分から彼に「結婚を卒業させて下さい」と言って離婚していました。その後に会った開業医の歯科医が、今度はパートナーとしてずっと私を支えてくれていました。ですが、自分の仕事と私のサポートで無理をしすぎてバーンアウト(燃え尽き症候群)してしまって、倒れてしまい、自分の存在が私の活動の邪魔になると思って私の元を去っていきました。
このことが、4年がかりで書いた論文が認められて立正大学から博士号を取得し、母が亡くなったのと同じ時に生じました。博士号を取得した際には多くの祝電が届けられて、お祝いのセレモニーには立正大学に800人ほどの方々が集まってくださいました。―これが全部同じ時でした。落ち込むなら落ち込む、悲しいなら悲しいの方が気持ち的には整理されたと思います。落ち込む、悲しいと言うネガティブな精神状態があるのに博士号取得のことで「おめでとう」と言われて、感情コントロールができなくなってしまい、食べると吐くということが毎日続きました。
亡くなった母はメモをいくつか残していましたので、それをせっせと妹と読んでみました。そこには「神も仏もない。自分は本当は死にたい」とたくさん書いてありました。それを読んで「神も仏もないのかどうなのか?」と本当に私は疑問に思うようになりました。仏がないのかあるのか、神がないのかあるのか、本当に知りたいと思うようになりました。思うには思うのですが、心身の状態が良くなかったので、思ったからといって何にも行動しませんでした。一方で当時執筆する連載もたくさん持っていたので、仕事はどんどんこなしていきました。
当時は新宿で社会人生徒120人の「佐藤綾子のパフォーマンス学講座®」を土曜日ごとにやっていました。そこでは「子供が非行で困っている」「夫婦で喧嘩している」などバリバリのキャリアパーソンの方々が私に相談してくるのですが、自分は何もする気がなく、世も末だと思ってしまいました。頭の中は忙しく、「神は仏はいるのか、何かしなくてはいけない」と思うのですが、行動が伴いませんでした。
そのような中で近所に住むクリスチャンの友達が、「教会に行こうよ」と誘ってきました。彼は、朝お祈りをしていたら「一日に3回佐藤さんに会ったら、教会に連れて行きなさい」と神様に言われたそうです。彼は私にとって「ご近所の人」というつながりだけの存在でした。一日にまったく会わない日がほとんどでした。それなのにその日は3回も会いました。それで「佐藤さん教会に行こうよ」と言われたのです。
私は大学の聖書研究会で英語で聖書を読んでいて、ある程度聖書の仕組みはわかっていました。一方教会というのは、生きている人間がたくさん存在しているわけで、もし日曜日に教会に行ったら次の日曜日も行かなきゃいけない-いろいろ面倒だから嫌だと思いました。それでその人に「迎えに行く」と言われたのですが、私は行きませんでした。それなのに2回目の日曜日もその人が迎えに来られたので、その人に悪いと思い、行ってみようと思って彼について行ったのが世田谷中央教会でした。そして次の週また彼が迎えに来られたので、また教会に行きました。その日の礼拝では聖書キャンプへの参加者を募集していて、なぜかは分からなかったのですが、私は名前を書きに行きました。
〜松原湖の輝きで神様の存在を確信〜
聖書キャンプの宿泊場所で、私は朝起きて松原湖に歩いていきました。まだ誰もいない時間で、朝食時間の前に手が空いていたのでちょっと散歩してみました。宿泊場所の建物の外が松原湖で、土手を下りて水際まで行ってみました。長野県人なので、ここは大学時代も来ましたし、良く知っている湖でした。湖を見渡して「こんなに小さかったんだ。それでもきれいだな」と何秒か思った後に、松原湖が急に真っ白くなったのです。そのあたりの空気が真っ白くなりました。湖は青いのですが、その上が、木とかその辺が発色灯みたいに光ったのです。その瞬間「もしかしてあれは光の中の十字架かな」と思い、「神様はいる」と思うようになりました。
聖書は高校3年間、大学4年間の7年間も読んでいましたが、今となっては当時どういうつもりで読んでいたかは覚えていません。「神様はいるかもしれないしいないかもしれない」と思って読んでいたのだと思います。しかし松原湖が光ったときは「絶対神様はいる」と思いました。それで私のその後の人生は、これまで「パフォーマンス学のパイオニア」として生きてきたことを活かして、多くの人を助けていくことにあるということなのだろうと思うようになりました。
CT 神様を信じるようになってから、ご自身の考え方はどのように変化しましたか?
~自分の力で馬車馬のように努力する姿から、神様に委ねる姿へ~
自分が目標を立てて馬車馬のように努力すれば、すべてのことは可能であると2001年までは思っていました。パフォーマンス学を日本で創設する、日本中に広める-それはみんなの幸せに貢献すると思ってやってきました。でも「目標を立てて馬車馬のように努力してもできないことがある、全くひどい結果になる」ことを2001年に知ることになりました。それまでの私は随分生意気な人間だったと思います。目標を立てて努力したらできる-確かにそうですが、どこかでできないことがあることを忘れていました。自分が新しい学問の創設者なのだから、自分で全部決めなければならないと思っていました。
神様を信じるようになってからは、自分が決断できなくても大丈夫、『最後は神様よろしく』と丸投げにすれば良くなりました。自分で見事な決断ができなくてもたとえ無様であっても大丈夫と思えるようになって、とても気が楽になりました。
神様を信じるようになって自分でやる仕事に対する「判断」という行動において、ある意味ズボラ、手抜きができるようになりました。それまで自分で全部やらなければいけないと思っていましたが、神様を信じるようになってからは、「一回はベストを尽くす」、その結果うまくいかなかったとしたら、人間レベルでは腹が立ちますが、神様レベルでは大した問題ではないと思うようになりました。人間レベルではどうしてよいかわからないような難しい事柄で腹が立つことがありますが、神様レベルで見れば、本当にささいなどうでもいいことであると思うようになりました。
次ページはこちら-「クリスチャンの信仰は自己表現に役立つか?」
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