人の言葉に極度に反応する人がいます。褒められると舞い上がり、けなされると落ち込んだり、腹を立てたりします。
自分の真の価値を知っている人は、人から褒められたからといって舞い上がることはありません。また、けなされたとしても、それを聞いて落ち込んだり、腹を立てたりすることはありません。
人は他の人に対して、外見、行動、性別、人種、家柄、収入、実績、肩書、学歴、地位、宗教などで判断して「優劣」をつけたがります。それは、自分に価値があると知らないので、比較して、他人に勝っているということで、つかの間の自尊心を持って安心しようとしているのです。
自分より劣っていると思える人を作り出すために、勝手な物差しを作り、それを基準に優越感を持とうと必死になっているのです。人の価値を決めるのは、人を造られた存在だけです。人が他の人の「優劣」を決めることはせんえつな行為です。
聖書には、あなたを造られたお方について書かれています。
神は、「われわれに似るように、われわれのかたちに、人を造ろう。そして彼らに、海の魚、空の鳥、家畜、地のすべてのもの、地をはうすべてのものを支配させよう。」と仰せられた。(創世記1:26)
ここで、「神」は単数形で書かれているのに「われわれ」と言っています。ここに、聖書の神が三位一体である根拠があります。神は全知全能のお方です。そして、三位が一体であり、それぞれの位格同士が互いに愛し合い、一致しています。つまり、神は愛そのものです。
素晴らしい神が、私たち人間をご自身に似せて、愛の対象として造られました。私たち人間は、神に似せられているから素晴らしいのです。そして、神に愛されているから価値があるのです。
あなたの価値を、あなたを造られた神以外に決めさせてはいけません。あなたも素晴らしいし、あなたの隣人も素晴らしいのです。互いに価値を認め合い、愛し合って前進していきましょう。
今日もしあなたが、人の言葉によって自分の価値が上がったり下がったりするように感じるなら、自分の真の価値を知らない可能性があります。
わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。(イザヤ書43:4)
神はあなたを「高価で尊い」と言っておられます。このアイデンティティーを確立し、人に振り回されないばかりか、人を励まし、高め合っていくことができますように。
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