1644年8月、鋳掛屋トマス・バンヤンは、ある商家の寡婦と再婚することになった。妻が亡くなってわずか1カ月もたたなかった。
ジョンにとって義母となるこの婦人は、物事をテキパキと片づけ、家事の腕も抜群の人で、夫の商売の注文とりから、仕上げた鍋や釜を注文主に届けたりすることもできたのだった。
「おまえも母さんができてよかったろう? うまくやってくれないと困るぞ」。トマスは上機嫌でこう言った。しかしジョンは、この義母にどうしてもなじむことができなかった。
はじめのうちは優しい言葉をかけていた義母も、ジョンがそっけない態度をとり続けた上、いつも反抗的だったので、次第に避けるようになった。トマス・バンヤンはそんな息子を見て、彼女に気を使ってか、ジョンに外回りの仕事ばかり言いつけて、なるべく後妻との衝突を避けるようにしたのだった。
ジョンは、荒れ狂う自分の心と闘いながら日々を過ごしていた。彼が両親に対して反抗的な気持ちになったのは、自分の母と妹が亡くなってようやく1カ月が過ぎようとしたときに、あまりにも早く父が再婚したことであった。
そんなある日のことである。町に出たジョンは、ふと町角に1枚のビラが貼られているのを見た。「義勇兵求む! 戦いに参加する熱血に燃えた若者よ、来たれ!」
その頃英国では、国王と議会の関係が悪化しており、「王党」と「議会党」が真っ向から対立して、戦争に発展していたのである。トマス・バンヤンはもともと「王党」を支持しており、「議会党」の指導者オリヴァー・クロンウェルの、党を率いての反逆に苦々しい思いを持っていたのだった。
ジョンは父親に対する反発から、わざと「議会軍」を支持し、義勇兵として参加するために入隊を申し出た。彼はすぐにニューポート・パグネル(ウェールズの東南部の要塞)に送られた。司令官はサミュエル・ルーク卿だった。
ジョンにとって戦争に参加したことは、両親への反抗だけでなく、ひとつの憂さ晴らしだった。どっちみち天国に行けないのなら、自分はいつ、どこで死んでもいいと思ったのである。そして剣を振り回すことで、モヤモヤした思いを一掃できるからであった。
「君はこの戦いに参加したことを悔いたことがありますか?」サミュエル・ルーク司令官はジョンに尋ねた。「ありません。いつ死んでも悔いはありませんから」と、ジョンは答えた。
すると、司令官は暗いジョンのまなざしをしばらく見つめていたが、静かな口調で言った。「いつ死と向き合うか分からないのがわれわれの運命だが、命は大切にしなくてはいけないよ。それをどのように使うにしても、神様から授かったものだからね」
ジョンは思いがけない言葉を聞いて戸惑ったが、丁寧に敬礼するとその場を離れた。
こうしてジョンは「議会軍」の兵士となり、毎日命を的にして戦った。仲間の兵士は次々と倒れていったが、不思議にも彼は危機を免れ、かすり傷ひとつ負うことがなかった。それは、彼が破れかぶれの思いで、自分はいつ死んでもいいという思いで最前線に出て行くので、かえって弾は当たらずにそれるのである。
(どうして自分は死なないのかな?)ジョンは自嘲気味につぶやいた。(どうせ地獄落ちの身だ。少しばかり長く生きたってどうってことないや)彼はそう思うのだった。
しかしそんな時、衝撃的な事件が起きた。ある場所を攻撃することになり、ジョンは選ばれた仲間と一緒に歩哨に駆り出された。
いよいよ出発というときになって、同じ部隊に所属するある兵士が、自分が代わりに行きたいと言い出した。「頼むから代わってくれよ。おれはどうしても歩哨に立ちたいんだ」。あまり熱心に言うものだから、ジョンは代わってやった。
ところが、戦闘が始まって、この男が歩哨に立った途端に、飛んできたマスケット銃弾で頭を打ち砕かれ、死んでしまったのだった。
「どうして・・・」ジョンはぼうぜんとした。もし、彼と役割を交換しなかったら、間違いなく自分が死んでいたのだ。どうして自分ではなかったのか?
その時、その肩に手がかけられた。振り向くと、戦友のヘンリー・デンが立っていた。「ジョン、君が助かったのは、神様がきっと君にご用があるんだよ」。彼はしみじみそう言うのだった。
1647年、ジョン・バンヤンは除隊した。
*
<あとがき>
ほんのささいな事がきっかけとなって、その後の人生が大きく変わってしまうようなことが私たちの人生によくあります。バンヤンの場合もそうでした。
彼は父親の早過ぎる再婚に不満を抱き、破れかぶれの毎日を送っていたとき、ふと町角で義勇兵を求めるビラを目にし、戦争に身を投じます。何の意味もない人生をこれ以上送るよりは、むしろ戦争で死んだほうがまし――というのがこの時の心境だったのでしょう。
しかし彼は、この戦争で死よりももっと恐ろしい体験をすることになります。敵地を攻撃するために歩哨に立つことになったとき、ある戦友の頼みでその場所を代わったところ、この戦友は銃撃を受けて死に、バンヤンは命拾いしたのです。
この時、戦友のヘンリー・デンは言います。「君が助かったのは、神様がきっと君にご用があるんだよ」と。バンヤンは、背き続ける自分をなおも救おうと手を差し伸べる神の愛をようやく悟ることができ、その後の人生も変わっていくのです。
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栗栖ひろみ(くりす・ひろみ)
1942年東京生まれ。早稲田大学夜間部卒業。80〜82年『少年少女信仰偉人伝・全8巻』(日本教会新報社)、82〜83年『信仰に生きた人たち・全8巻』(ニューライフ出版社)刊行。以後、伝記や評伝の執筆を続け、90年『医者ルカの物語』(ロバ通信社)刊行。また、猫のファンタジーを書き始め、2012年『猫おばさんのコーヒーショップ』で日本動物児童文学奨励賞を受賞。15年より、クリスチャントゥデイに中・高生向けの信仰偉人伝のWeb連載を始める。20年『ジーザス ラブズ ミー 日本を愛したJ・ヘボンの生涯』(一粒社)刊行。現在もキリスト教書、伝記、ファンタジーの分野で執筆を続けている。