【CJC=東京】教皇ベネディクト十六世が、ホロコースト(ユダヤ人大虐殺)を否定した英国人のリチャード・ウイリアムソン司教を含めて、故マルセル・ルフェーブル司教が創設した『聖ピオ十世会』の司教4人の破門撤回を宣言したことは、ユダヤ人社会の憤激を呼んだが、教皇の決定に関する懸念は、カトリック教会、特にバチカン(ローマ教皇庁)自身にまで広がった。
キリスト教一致推進評議会議長のヴァルター・カスパー枢機卿は1月25日、相談されたことはなく、「それは教皇の決定だった」と電話インタビューで語った。国務省長官タルチジオ・ベルトーネ枢機卿は2月4日、ウイリアムソン氏は司教の務めを果たそうとするなら見解を明白に撤回すべきだ、と述べて事態沈静を図った。
ユダヤ人集団と自由主義的なカトリック者の間に怒りを引き起こした問題を、教皇が周辺と議論しなかったことは確かなようだ。どうも教皇は着座以来の4年間、教義上の問題に力を入れるものの、それがより大きな世界でどのような反響を呼ぶか、ということに気づいていない、とも見られる。
2007年に教皇は、伝統的なラテン・ミサを、より幅広く使用することを認めた。それは今回、破門を撤回した伝統主義者が求めていたものだったが、教会の中に不和を招くとの声が上がった。同年、教皇は故国ドイツを訪問した際、講演でイスラム教徒を憤慨させる「悪魔的、非人間的」という内容の引用を行ったが、これも慎重さを欠いていたことは否めず、結局は謝罪に追い込まれた。
そして今回の破門撤回だ。『聖ピオ十世会』は第二バチカン公会議の改革に反対して設立された。創設者ルフェーブル大司教はバチカンの承認なしに聖職叙階を行ったことが直接の契機となって1988年、教皇ヨハネ・パウロ二世によって破門された。それを撤回するという決定は、教皇ベネディクト十六世の意向に沿ったものであり、少なくとも教皇の関心の在りかを示している、と言えよう。
ただドイツ語圏の教会指導者は反発している。オーストリア司教会議会長のクリストフ・シェンブルン枢機卿は「間違いが起きたのは確かだ。ホロコーストを否定する人を教務に復職させることは出来ない」と言う。また同枢機卿は、同国リンツの補佐司教任命に際しても諮問がなかったことに不満を表明している。ドイツ司教会議前会長のカール・レーマン枢機卿も、破門取り消しについてバチカンが謝罪するよう求めている。これほど明確にバチカンへの抗議の声が枢機卿レベルから出て来ることは異例だ。
今回の動きは、教会史専門でイタリア・ボローニャにある自由主義的な『ヨハネス二十三世宗教科学財団』所長アルベルト・メローニ教授をも戸惑わせた。同財団は第二バチカン公会議の歴史を編纂している。同教授は「結果を計算しないことが可能だということがどうにも不可解。これは異常だ」と言う。
ユダヤ教指導者は、教皇の決定が障害だ、と言う。イスラエルのバチカン駐在モルデカイ・レヴィ大使は「神学的な戦略ではあろうが、教会を越えた世論という場にどのような影響を与えるか、ということは教皇にとって2番目のことなのは明らかだ」と指摘する。「非常にゆゆしい事態だ」と、ローマの主任ラビ、リッカルド・ディ・セーニ氏。今後の推移を見極めにくいと言う。
教皇は「教会とキリスト教から自身が疎外されているとは思わず、現実を見ないで、バチカンを見ているだけ」だとか、十六世とは十六世紀のという意味ではないか、などの声をよそに、一途にその務めを果たしているのだ、とも見られる。