かつてとある牧師がこんなことを言ったという。「聖書一冊さえあれば、食っていける」と。この言葉を真に受けるかどうかは、意外に日本のクリスチャンを二分することになるかもしれない。どんなデータを調べてみても、日本のキリスト教人口は1パーセント前後である。韓国や米国のように「全体の〇割」と表現することができない。常に「パーセント(百分率)」でないと表現できないほど少ない。この事実をどう受け止めるかは人によるだろうが、日本のキリスト教界は、伝道を常に意識しないと立ち行かない。しかしどうあがいても、日本のキリスト教人口は伸びていない。だから「リバイバルよりサバイバル」などと自虐的に語られることになる。これは、私のように50歳を過ぎた者が幼少の頃から変わっていない。
そんな現状に風穴を開けることになるのだろうか。本書『超★営業思考』は、プルデンシャル生命で「前人未踏」の営業成績を上げた「伝説の営業マン」である金沢景敏氏が、いかにしてこの輝かしい成績をなし得たかが詳細に語られている。400ページを超える本ながら、魅力的な内容と読みやすい装丁のおかげで、わずか数時間で一気読みすることも可能である。著者の言いたいことを一言でまとめるなら、本の帯にも掲げられているように「『売る』のをやめたら、爆発的に売れた」である。
金沢氏はかつてTBSの社員であった。しかし、テレビ局の看板によってチヤホヤされることを潔しとしなかった彼は、完全フルコミッション(出来高)制を掲げるプルデンシャル生命の営業マンとして再出発することを決意する。しかし、それは想像を絶するプレッシャーとの戦いであったと冒頭から語られている。大学時代に家業が傾くという憂き目を体験し、そこからはい上がった経験を持つ金沢氏は、ピンチにも果敢に挑戦し、「商談=制約」、つまり成功率ほぼ100パーセントとなるやり方を独自に生み出したのである。「そんなドラマみたいなサクセスストーリーがあるのか?」と思いがちだが、彼が人知れず流した汗と涙、そして何とか状況を打開しようとする勇気の物語が本書というわけである。
実は、私自身が本書を見いだしたわけではない。現在のキリスト教界の現状に何か改善をもたらしたいと願う教会員のとある男性から紹介されたのである。その時、彼はこんな言い回しで本書を紹介してくれた。「先生、この本を読み進めていくうちに、何かこの営業マンを応援してしまう自分がいたんです。私の心にも(伝道に対する)熱い思いが残っていたことを思い出させてくれたんです」と。彼は決して本書を読むように勧めたわけではない。しかし、教会の長老格の長年信者であるこの男性の言葉は、私の心のアンテナを響かせるのに十分であった。早速書名をメモし、取り寄せたのである。本が届いて読み始めたときは、まさかそのまま深夜まで読みふけってしまうことなど、思いもよらないことだったのだが・・・。
かつての伝道は大量のチラシを作成し、それを所構わずまき散らし、誰彼構わず声を掛けることであった。だから私は「伝道」というものに嫌悪感を抱き、そしてできるならこの分野には触れたくないと思うようになっていったのである。それはある意味、フルコミッションの保険を情熱と努力だけを武器にして、周囲の人々の事情や迷惑をも顧みず、ひたすら売り歩くようなものである。そういう「鋼の心臓」を持った「厚顔無恥」な輩だけが生き残れる社会、という意味では、教会の「伝道」もまたそうであった。
しかし本書は、そういった旧態依然としたやり方を一変させる。しかし、営業マンとしての情熱はそのままに、努力のベクトル、情熱の傾け方のパラダイムを転換したといっていいだろう。それが本の帯になっている「『売る』のをやめたら、爆発的に売れた」に集約されている。
私は読み終わって、次のように言葉を変換してみた。
- 保険 → 福音
- 保険屋 → 伝道者(クリスチャン)
- 商談 → 個人伝道
- 成約 → 相手の信仰決心
すると、見事に著者の語っていることが伝道活動にも当てはまるのである。
本書は、私に「自分は何者か」を教えてくれた。私は「牧師」を生業としているが、それは正確な表現ではなかった。単に教会の管理運営を任されただけの存在ではない。私は「聖なる保険屋」であったのだ。保険が相手のためを思って考案されたように、私たちが他者に提供する「福音」もまた、相手にとっての「良き知らせ」となることを期待されて、今から2千年ほど前に生み出されている。そしてさまざまな機会に営業マンが「商談」し、その結果「成約」に至ることで、営業マンとしてのアイデンティティーを形成していくように、私も伝道することを通して自分が「聖なる保険屋」(福音を伝える者という意味での伝道師)であることを自覚し、実感し、福音を伝えさせていただいた相手が信仰決心へと導かれたとき、天において大いなる喜びがあるのと同様に、私の心にも「この上ない喜び」が満ちることになる。
ここまで読み進められた読者はお分かりだろう。私は書評をしているのに、実は本書の中身を一切語っていないことに。それは教会の男性が私に勧めてくれた手法に倣ってのことである。彼は私に「読んでみてください」とは言わなかった。ちらりと気になるフレーズを垣間見せただけである。それに興味を持って、私は本書と出会った。だから私も中身は語らない!こんな書評は前代未聞であろう。しかしだからこそ、「『売る』のをやめたら、爆発的に売れた」のごとく、「中身を語ることをやめたら、みんなが興味を持って読みたくなった」となることを期待できると思えたのである。
■ 金沢景敏著『超★営業思考』(ダイヤモンド社、2021年2月)
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