ところで、アンディが夜勤をしていると、たびたび立派な風采の紳士が電信局にやってきた。彼はトマス・A・スコットというペンシルバニア鉄道会社の監督だった。彼はアンディの仕事ぶりに目を留め、観察しているようだった。
それからしばらくして、スコット氏はアンディといろいろな話をするようになり、事務兼電信技師を1人雇いたいのだが自分の所に来ないかと誘った。アンディは憧れの鉄道会社に入れるので夢かとばかり喜び、すぐに承諾した。そして月収35ドルで鉄道会社に奉職することになった。
スコット氏はアンディをかわいがっていろいろと必要なことを教えてくれた。この会社は発展しつつあったのでもっと社員を増やす必要があった。そこでアンディは今まで一緒に働いていた「仲良し三人組」のデーヴィッド・マッカーゴとボブ・ピットケーレンを紹介し、3人そろってここで働くことになった。
ところで、アンディはいつも完璧に仕事をしていたが、入社早々大変な失敗をしてしまった。スコット氏の命令で会社の給料と小切手を受け取るためにアルテューナに派遣されたのだが、ケーブルカーに乗って素晴らしい風景を楽しみ、旅行気分になってしまった。
その晩は現場監督ロムバート氏の自宅に泊まり大変な歓待を受け、楽しい時を過ごした。そして翌日。彼は受け取った多額の給料と小切手をチョッキの裏ポケットに入れ、ピッツバーグに向かった。
機関車に乗ってホリディバーグに出、そこから州鉄道に乗り換えてしばらく行ったとき、大きな川に差しかかり、列車は大きく揺れた。その後、ふと気が付いてふところに手をやると、包みがない! 大切なものをどこかに落としてしまったのだ。
目の前が真っ暗になる思いで、機関士に一駅車輌を逆行させてくれないかと頼んだが、相手は首を横に振った。「お願いです。会社の大事なものを落としちゃったんです」。アンディは泣きべそをかいて食い下がった。
「しょうがないねぇ」。人の良さそうな機関士は渋い顔をしながらも、ゆっくりと車輌を逆行させてくれた。アンディは、目を皿のようにして線路を見ていた。そして、大きな川に差しかかったとき、河原に茶色の包みが落ちていたではないか。アンディは大声を上げて飛び降りると、走って行って包みを拾い上げた。
あと2、3メートル先に落ちたら流れていってしまったと思われた。アンディは、しっかりと包みを抱えて戻ってきた。「よかったね。大事なものを預かったときには注意するんだよ」。機関士は父親のような口調で諭した。
アンディはこの失敗から2つのことを心に刻みつけた。一つは、人が成功するためには信用が必要であるということ。それ故、ちょっとした不注意から信用をなくすようなことは決してすまいということだった。2つ目は、人間がやることに過ちはつきものだから、将来部下を持ったときには、彼の過ちに対して寛大な処置をしようと決心したのであった。
ペンシルバニア鉄道会社はぐんぐん伸びていたので、間もなく独自の電信線を建設することになった。そのためには、通信技手を多く入れなくてはならなくなった。その時、アンディは案を出した。
「通信技手には女性がいいと思います。細やかな神経と手先の器用さは女性特有のものです」。まだ女性が職場に進出していない時代にこうした意見は大変珍しかった。アンディの案は採用され、間もなく研修を受けた女性技手が各地の電信局に配属され、目覚ましい成果を上げたのだった。
同じ頃のことだったが、東部管区に大きな事故があり、下りの急行列車が遅れ、上りの列車が信号手の合図により徐行しているという知らせが入った。アンディはスコット氏を探したが、その日に限って姿が見えない。失敗するのは恐ろしかったが、慎重にやればうまくいくかもしれないと考えた彼は、スコット氏の名で列車を動かすことにした。
機械の前に座り、じっくりと動きを見守りつつ、駅から駅へと列車を送った。彼はゆっくり、慎重にこの作業を続けた。ようやく滞っていた列車が動き出し、やがてスムースな流れになり、やっと貨物列車も動き出したのだった。
その10分後にスコット氏が来たときには、すべてが平常通り動いていた。アンディは、スコット氏の名で指令を送った報告をし、わびた。スコット氏は何も言わなかったが、あとで部屋の人にこう言うのが聞こえた。「・・・すべてうまく運んだよ。あの子は部下という気がしなくなった。いわば、私の友達だよ」
*
<あとがき>
アンディは、トマス・A・スコット大佐と出会ったことから、さらに自分の実力が発揮できると思われるペンシルバニア鉄道会社に転職します。しかしながら、入社して間もなく、いつもは慎重で完璧な仕事をする彼としては珍しく、心の緩みから大変な失敗をしてしまいます。
彼は社員全員の給料と為替を受け取りに本社に出向いたのですが、帰りに、うかつにもお金の包みをチョッキの裏ポケットに入れたまま列車に乗ったので、カーブに差しかかって列車が揺れた拍子にそれを河原に落としてしまいました。
幸いすぐに気付き、親切な機関士に列車を逆走させてもらって、ようやく包みを拾い上げて事なきを得たのです。しかし、アンディはこの自分の苦い失敗を後の教訓にし、2つのことを心に誓いました。
一つは、人間のやることに失敗はつきものだから、将来部下を持ったときに、彼らの失敗に対しては寛大な処置をとること。2つ目は、仕事には信用が何より大切だから、わずかな心の緩みで信用を失うようなことを決してすまいということでした。
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栗栖ひろみ(くりす・ひろみ)
1942年東京生まれ。早稲田大学夜間部卒業。80〜82年『少年少女信仰偉人伝・全8巻』(日本教会新報社)、82〜83年『信仰に生きた人たち・全8巻』(ニューライフ出版社)刊行。以後、伝記や評伝の執筆を続け、90年『医者ルカの物語』(ロバ通信社)、2003年『愛の看護人―聖カミロの生涯』(サンパウロ)など刊行。12年『猫おばさんのコーヒーショップ』で日本動物児童文学奨励賞を受賞。15年より、クリスチャントゥデイに中・高生向けの信仰偉人伝のWeb連載を始める。その他雑誌の連載もあり。