アフガニスタンで農業用水路の建設などを長年行ってきたクリスチャンの医師、中村哲氏(73)が現地時間4日午前、同国東部ナンガルハル州の州都ジャララバードで銃撃され、死亡した。中村氏は同日朝、宿舎を出て、約25キロ離れた農業用水路の工事現場に車で向かう途中だった。車には中村氏のほか、運転手やボディーガードなど5人が同乗していたが、いずれも死亡したという。
時事通信や共同通信によると、中村氏は右胸に銃弾1発を受けたが、撃たれた直後は意識があり、ジャララバードの病院に搬送され手術を受けた。一時、容体は安定しているとの報道もあったが、同州当局者によると、その後さらなる治療のため首都カブール近郊のバグラム米軍基地へ搬送する途中に死亡した。
中村氏は、福岡市のNGO「ペシャワール会」現地代表として活動していた。同会は2008年、スタッフの日本人男性(当時31)が、アフガニスタン人運転手と共に拉致され、その後遺体で発見される事件を経験している。同会はその後、日本人スタッフを引き揚げる対応を取ったが、中村氏は現地に残り活動を継続。昨年にはアフガニスタン政府から勲章も受け、今年には名誉市民権も授与されていた。
NHKによると、現場となったアフガニスタン東部はイスラム過激派の活動が活発な地域。最近では反政府武装勢力「タリバン」の他、過激派組織「イスラム国」(IS)系の地域組織が台頭し、治安が悪化していたという。一方、タリバンは事件後、関与を否定する声明を発表。これまでのところ、犯行声明は確認されていない。
バプテスト派のクリスチャンである中村氏は1984年、日本キリスト教海外医療協力会から派遣される形で、当時ソ連と紛争状態にあったパキスタンへ赴任。しかし、同じく戦火と干ばつに悩まされる隣国アフガニスタンには医師のいない小さな村があることを聞き、89年に戦乱のアフガニスタンへ。同国で次々と診療所を作る活動をした。だが、2000年にはアフガニスタンで大干ばつが発生。多くの死者を目の当たりにし、「100の診療所よりも1本の水路を!」と農業用水路の建設に取り組むようになった。国内外で多数の受賞歴があり、03年には「アジアのノーベル賞」と呼ばれる「マグサイサイ賞」を受賞、16年には日本の旭日双光章を受章している。