1. 医療過誤で半身不随に
Kさんは、代々千年続く由緒ある神社の神主の長男として生まれた。長男であるから、将来は神主になることが決まっていた。大学受験のために蓄膿症の手術をしたが、医師が過って脳にメスを刺したため、くも膜下出血を起こし、生涯半身不随で過ごすことになった。
人生に絶望して一時は自殺を考えたが、気を取り直してキリスト教系大学に入学したKさんは、なんとかして生きる意味を見いだそうと聖書研究会に入り聖書を学んだ。そして、キリストを信じて永遠の将来への生きる希望を持つことができた。
聖書研究会を通じて教会に通うようになり、その教会の牧師の娘と結婚することになった。なんと彼女の家系は代々牧師だった。大学卒業後は会社に勤務し、クリスチャンであることから神主になることを断った。
Kさん夫婦の一人息子は、幼少の頃から教会に通っていたが、中学生の頃から悪い仲間に入り不良になってしまった。親が真面目過ぎて厳しく育てられたことへの反発や、教会に行っていることで学校で生徒たちにいじめられたことが原因だった。
教会から足が遠退いた息子は、18歳まで粋がって不良の道を歩んでいたところ、ある時やくざの家で覚せい剤を打たれそうになり、その場から逃げたことから、後日監禁され、半殺しの目に遭った。
命からがら逃げ出したが、息子はそのことで身心がボロボロになり、神に救いを求め、教会に戻りクリスチャンになって、牧師の道を歩むようになった。その背後には、息子の更生のためにKさん夫婦の必死の祈りがあったに違いない。
2. 保証債務を払い続ける
息子が神学校で学んでいるときに、Kさんはさらなる不幸に見舞われた。遠い親戚に頼まれて連帯保証人になったが、その親戚が倒産して莫大(ばくだい)な金額の保証債務を負うことになったのだ。その契約には問題があり、本当は法的な支払い義務はなかった。しかし、責任感の強いKさんは道義上の支払い義務を認めて一文無しになり、その後何十年も残りの債務を払い続けている。
けれども、かつて不良だった息子は神学校に行く前に韓国人女性宣教師と結婚して4人の子どもに恵まれた。牧師になった息子は伝道熱心、奉仕熱心で家と教会を空けることが多いため、Kさん夫婦は喜んで孫たちの面倒を見ながら息子の教会で奉仕し、家と教会を支えている。
また、Kさんの家系にはクリスチャンは一人もいなかったが、Kさんの厚い信仰と誠実で正直な生きざまに感動した親戚のほとんどがキリストを信じて救われた。知人も何人もクリスチャンになっている。
3. 障害を乗り越えて
Kさんは半身不随という身体障害と巨額の債務の支払いという保証問題を生涯にわたって持ち続けているが、それらを乗り越えて、キリストを信じる信仰により、明るく生きて多くの実を結んでいる。
目が見えない、耳が聞こえない、口で話せないという三重苦を生涯背負ったヘレン・ケラーは、「障害は不便であるが不幸ではない」と言ったが、Kさんの場合は、「障害は人間により作られた不幸であるが、神様はそれを幸福に作り変えてくださった」と言うことができるのではないか。息子の不良問題も良きに変えてくださった。
キリストを信じて与えられる永遠の命に比べれば、この世の命は一瞬にすぎない。その短い生涯において体験する不運や障害も束の間の出来事にすぎない。それなのに聖書には、神はそれらをことごとく益にしてくださると約束されている。キリストを信じて永遠の神の国に生きる希望を持ちながら、日々に神の恵みを体験しつつ生きることこそが、真に幸福な生き方である。
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