日本のキリスト教界の課題の一つに、牧師のいない教会、いわゆる「無牧」の教会の増加がある。2014年度のデータによれば、全国のプロテスタント教会約7900のうち、無牧の教会は約300ある。さらに、複数の教会を1人の牧師が掛け持ちする「兼牧」のケースなどを含めると、専任牧師がいない教会は千余りに上り、実に全体の13パーセントに相当する。
そのような状況を憂慮し、牧師を必要とする無牧の教会と、赴任先を探す牧師の橋渡しをしようと、「無牧ミニストリーズ」が立ち上がった。この働きを始めたのは、幸町キリスト教会(茨城県筑西市)の栗﨑路(あゆみ)牧師(37)。同教会も栗﨑牧師が赴任する前は、約2年にわたり無牧だった。
祖父母の代からのクリスチャンホームで育った栗﨑牧師が、無牧教会のことを意識し始めたのは、まだ牧師を志す前の社会人成り立ての頃。知り合いからある時、「日本では無牧教会がこれからますます増えるらしい」と聞いたことがきっかけだった。その話を聞いて以来、無牧教会のことが心に残り、定期的に祈るようになったという。
「神様、どうぞ誰かを無牧教会に送ってください。献身者をこの国にたくさん起こしてください」と祈る中で、「誰かと言わずに、自分がやるべきではないか」という思いに変わっていった。そして献身を決意し、4年間務めた消防士(レスキュー隊)の仕事を辞めて関西聖書学院に入学した。その後、米国のシアトル聖書学院に編入。そこで出会った日本人を通して、幸町キリスト教会の存在を知ることになった。
同教会は、一人のクリスチャン開業医が診療所内で始めた聖書研究会から始まった。その医師が私財を投じて会堂を建設。牧師を招聘(しょうへい)し、教会としてスタートしたのが約20年前のことだった。教団や牧師が開拓したわけではなかったため、初めから教会が牧師を探し、招聘する形だった。腰を据えて牧会してくれる牧師を探すのはなかなか難しく、最初の10年間で3回牧師が変わり、4代目牧師の時代が一番長く、約10年続いた。この間、教会は成長し、枝教会を開拓するまでになったという。
しかし、変わっていく牧師の態度や、聖書の教え方に疑問を持った教会の中心メンバーたちと牧師の間で人間関係が悪化。ついにその牧師は、教会のほとんどの信徒を連れて出ていってしまった。教会員は最盛期の4分の1ほどになったが、残った人たちは細々と礼拝を守り続けた。
献身した当初から無牧教会に派遣されることを願っていた栗﨑牧師は、幸町キリスト教会のことを知ると、すぐに「私でよければ力にならせていただきたい」と申し出た。同教会を設立した医師と一度会い、すぐに就任が決まった。大阪生まれの大阪育ちだったが、帰国後すぐに茨城に移住。幸町キリスト教会の牧師に就任した。
それから約3年、同教会の立て直しに奮闘。教会が安定し始めたことで、以前から構想していた無牧教会を助ける働きに着手したいという思いが強くなった。何から手を付けてよいかも分からずにいたころ、東京基督教大学(TCU)大学院でそのような研究ができることを知り、牧会しながら2年間通い、修士論文「無牧の教会に対するサポートシステムの構築」を書き上げた。
論文執筆中も、実際にこの働きを始めるか迷ったという。「牧会をしながらでは難しい気もしましたし、アイデアだけ提供して『こういう仕組みを作れば何かが変わるかもしれません。誰かやってください』という結論にしようかと思いました。事実、最初はそのように書いていました」。しかし、献身を決めたときと同じく「誰かと言わずに、自分がやるべきではないか」と思い直し、論文の結論を「このような働きを起ち上げます」と書き直した。
無牧ミニストリーズの立ち上げを後押ししてくれたのが、TCUの指導教員であった岡村直樹教授だった。「これほど情熱を持って、無牧教会の現状を調べている人は、そうはいないと思います。1つでも2つでも無牧の教会を助けられたら、それだけでも素晴らしいじゃないですか」。岡村教授のこの言葉が栗﨑牧師の背中を大きく押してくれた。
今年4月に、幸町キリスト教会のウェブサイト内に、無牧ミニストリーズのページを開設。6月にはサイトをリニューアルし、より見やすくした。またパンフレットも作成し、少しずつだが無牧教会へ案内を出し始めている。サイト公開後早速反応があり、10人ほどの牧師から教会紹介を希望する連絡があった。無牧教会からの問い合わせは今のところまだないが、これから活動を広く知らせていきたいという。
無牧ミニストリーズのウェブサイトでは、無牧教会に向けたアドバイスや、無牧教会に赴任を希望する牧師・伝道師へのアドバイスが掲載されているほか、栗﨑牧師の論文も掲載されている。論文には、教団・教派によって違うサポート体制の紹介や、実際に無牧教会に派遣された牧師へのインタビューなどが記載されている。教団・教派レベルでの取り組みでは、整備されたサポート体制があり、約230の教会・伝道所がありながら、無牧教会はゼロという日本同盟基督教団や、過疎化により特に無牧化が懸念されている地方で宣教の成果を上げている保守バプテスト同盟の例を紹介している。また、実際に無牧教会に派遣された牧師へのインタビューでは、2つの無牧教会に派遣され、失敗・成功の両方を経験した例などを紹介している。
牧師がいなくて困っている無牧教会に向け、栗﨑牧師は次のように話す。
「私たちの教会で無牧時代を知る人は、その頃を振り返って『どうすればよいか分からなかった。ただ祈って待つしかなかった』と言います。それは今、無牧で悩む教会の方々の現実でもあると思います。どうすればよいか分からない。そんな方々のためにこの働きを立ち上げました。実は働き場を探している牧師はたくさんいます。教会に仕えたいという情熱はあるのですが、その方々もどうすれば良いか分からないでいるのです。無牧ミニストリーズはそのような先生方と教会とをつなぐ働きを目指しています。また過疎化が進む地方での教会形成には経済的な困難が伴い、牧師を招聘するだけの力がない教会も増えていると思います。しかしどうぞ諦めないで、ぜひ一度ご相談ください。一緒に存続の道を考えましょう」
一方、無牧教会への赴任を考えている牧師や伝道師には次のように話す。
「先生方の福音宣教にかける情熱に感謝します。まずご理解いただきたいことは、情熱を持って赴任した無牧教会でうまくいかなかったり、疲れ果ててしまったりするケースも現実にはたくさんあるということです。無牧教会に赴任した牧師たちにインタビューして分かったことは、無牧教会特有の傾向、起こりやすい問題、赴任した牧師が陥りやすい誤りなどがあるということです。それらを事前に理解しておくと、トラブルを回避できるでしょう。注意点などについて詳しいことは論文に書いてありますので、もしよければ参考にしていただければと思います。まず自分の賜物にあった教会を選ぶことが大切だと思いますが、その点についても情報を集約できる無牧ミニストリーズの強みになると思いますので、ぜひご相談ください」
「まずは広く知っていただくことが今の課題」と栗﨑牧師は言う。現在は、幸町キリスト教会の教会財政で運営されているが、今後活動が広がれば体制を整え、経済的な支援を募る必要も出てくると考えている。また、神学校との連携を重要視している。牧師の卵を送り出す場であり、また同時に無牧教会についての情報が集まりやすい場であると考えているからだ。複数の神学校と無牧ミニストリーズ間で情報を共有し、一つの大きなデーターベースを作ることができれば、より最適なマッチングができる。
「目標は、大きく言うなら国内のすべての教会が牧会的ケアを受けられるようになることです。しかしそれにはいろいろな困難もあり、時間がかかることだと思います。ですから今は、1つでも多くの無牧教会が牧師を得、回復していくお手伝いをすることに集中し、できることを精いっぱいしていくことです」
詳しくは、無牧ミニストリーズのウェブサイトを。