日本で3月に公開される映画「修道士は沈黙する」のロベルト・アンドー監督が来日し、イタリア文化会館(東京都千代田区)で27日、特別試写会ティーチイン(共催:ミモザフィルム、同会館)が行われた。
本作は、厳格な修道士を主人公に、天才エコノミストの死をめぐり繰り広げられる異色ミステリー。原題の「Le confessioni」は、カトリック教会の罪の赦(ゆる)しの儀礼である「告解」を意味する。アンドー監督は、前作「ローマに消えた男」で国内外の数多くの賞を受賞しており、ティーチインでは早稲田大学文学学術院教授の小沼純一氏と対談した。
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小沼:映画では、鳥や犬がシンボリックなものとして登場し、とてもうまく使われていることに感心しました。
アンドー:主人公の修道士サルスが所属するカルトジオ会は、極めて厳格な戒律を特徴とし、修道士たちは世俗から離れた中で、神と他者のために沈黙と祈りをささげて生きています。そんな修道院に属するサルスが鳥の鳴き声に耳を澄ますところは、清貧を説き、小鳥に説教したアシジの聖フランシスコを、またどう猛な犬を手なずけるところは、荒野でライオンのとげを抜いた聖ヒエロニムスを思い起こすかもしれません。
小沼:この映画では、自然の音が重要だと思いますが、音楽の使い方も非常に深く考えらえていると思いました。BGMには、イタリア映画音楽の第一人者であるニコラ・ピオヴァーニが担当され、さらにシューベルトの曲が引用されていることが印象的でした。
アンドー:ピオヴァーニの書いた曲は、サスペンスの要素もあり、それと同時にこのサミットの場に踏み込んだ、ちょっと宙に浮いたようなサルスの精神性をも表していて、とても気に入っています。シューベルトに関しては、天才エコノミストで国際通貨基金(IMF)理事長であるロシェの遺体が運ばれるときに、歌曲「冬の旅」24番の「辻音楽師」を使い、今の政治の状態をある意味表しています。シューベルトが生きた19世紀初頭は、決して明るい時代ではありませんでした。「冬の旅」はそんな欧州の状態を表しており、今も冬の旅をしているようなものであることを表現したかったのです。
小沼:この映画は欧州の政治・経済をテーマにした社会派ミステリーである半面、葬儀の場面では、修道士がふといなくなり、その後に鳥が現れるなど、非科学的な謎を残す作品ですね。
アンドー:前作もそうですが、政治や権力の世界を事実関係で描くのではなくて、それに関わっている人たち、どういう人間が関わっているかを描きたかった。前作は、明るいフィナーレにはなっていませんが、自分自身が政治というものをフィクションとして捉えているから、あのようなエンディングになっているわけです。しかし、今回描いた人物は、今まで取り上げてきた人物とまったく違うタイプです。主人公について、われわれは何も知らない、何も知らされないまま、消えていく。彼の経歴については、かつて数学者であったことだけが明かされるが、その他のことは何も分からない。葬儀の場で消え、その後に鳥が現れます。それに関しても、あれは「奇跡」なのかと聞かれることもあるのですが、主人公は、奇跡を起こす人物ではなく、人間であると私は考えています。
小沼:この映画の中では、個ということが重要視されています。修道士が「あなた自身で考えてください」と言うセリフが、何度か出てきて欧州的だなと思いました。また、告解が複数形になっているのも興味深いです。
アンドー:告解が複数形になっているのは、サルスに直接告解をしたロシェだけでなく、他の人たちも告解をするという意味が込められているからです。20世紀は大衆の行動が目立った世紀でしたが、この映画は、内面的なものを見ていて、それは個から生まれるものであってほしいのです。この映画は、実際に主要8カ国(G8)財務相会合が行われた場所で撮っています。それで知ったのですが、そのリゾートホテルは警備のため、その周辺が大きな鉄の壁で覆われていました。そのため、ホテルは外の世界と完全に遮断され、参加者は孤独と向き合わざるを得ないという状態にありました。
小沼:しかし映画では、孤独と向き合う中でも、外部という存在は確実に存在しているのだということを、女性の登場や、パソコンが映し出す映像によって示していたように思います。それとG8財務相会合の決議の鍵を握る数式。その数式は言葉とは違うものなのでしょうか。だから、告解で聞きながらも表に出せたのでしょうか。
アンドー:数式に関してはロシェが、何の意味もないことを告白しているわけです。ロシェは、自分が告解することで赦しを得たいわけですが、修道士は、彼が本当は後悔していないことを知り、赦しを与えませんでした。そして修道士は、その数式を使ってパワーゲームに挑みました。数式というのは、ファーストシーンに出てくる宙に浮いている大道芸人と同じで、そのトリックがどこにあるのか見えない。そういう意味では数式は空っぽな抜け殻みたいなものなんです。ロシェは、それが意味がないと言いつつも、大臣たちはそれを使えばお金が動くことを信じるだろうと伝える。それは今の世界がどこに向かっているのかということと一緒だと思います。それが数式の意味なんです。
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各国の一流俳優が豪華共演することでも話題の同作は、3月17日(土)から、Bunkamura ル・シネマ(東京)ほか、愛知、大阪、兵庫など全国の劇場で全国順次ロードショー。