私たちが毎日着ている洋服は、どのような人によって、どんな場所で作られているのだろうか。日本国際飢餓対策機構(JIFH)東京事務所では17日、「あなたの“かわいい”があの子の“うれしい”に」をモットーに展開しているブランド「itobanashi」の大野雛子(ひなこ)さんをゲストに迎え、ライフスタイルについて考えるイベントを開催した。
私たちが日頃買うことの多い、低価格でおしゃれな衣料品を販売するファッションブランドは、「ファストフード」になぞらえて「ファストファッション」と呼ばれている。もはやファストファッション抜きで日本の服文化は語れないと思うほど急成長を遂げた。
毎週のように新商品がリリースされるファストファッション業界では、時代の流行、季節などによって目まぐるしく商品が入れ替わる。そのスピードと、最大の魅力と言っていい「低価格」を支えているのはどのような人たちなのだろうか。イベントでは、彼らにフォーカスした映像を皆で鑑賞した。
その中で米国人専門家は、「1960年代、流通していた服の95パーセントは国内で生産したもの。しかし、現在はわずか数パーセント。米国も海外からの輸入に頼っている状況」と話す。
これらの服の多くが生産されているのは、人件費を抑えられる「発展途上国」で、生産者の8割以上が貧困層の女性だ。
粗末な縫製工場で何時間も安い賃金で働かされている女性たちが一心にミシンに向かう。過酷な労働条件だが、仕事もなく、教育も行き届いていない彼女たちにとって、裁縫の仕事は唯一の命綱ともいえる。
一方、メーカー側は、彼女たちのこのような状況を把握した上で、安い賃金で大量生産を実現している。メーカーの人事担当者は映像の中でこう話す。「裁縫の仕事は、屋外の仕事に比べて安全な仕事。彼女たちにとっても悪い話ではない」
2013年、バングラデシュのダッカで起きたビル崩落事故も映像で紹介された。縫製工場の入ったビルが突然崩壊し、400人以上が亡くなった。以前から労働環境の悪さが指摘されていたが、時代の流れの速さ、競合他社よりもより早く、より安くをメーカー側から強いられ、労働環境の改善まで考えが及ばなかった。ただ皮肉にも、劣悪な労働環境下で働く彼女たちが犠牲になったことで、大量消費社会、異常な価格競争社会に一石を投じる形となった。
映像の最後に、動画サイトに投稿された、バーゲンの「戦利品」を披露する若い女性の姿が多数紹介された。「何だっけ、これ。着るか着ないか分からないけど、買っちゃったわ」と笑う少女。イベント参加者の男性は、「着ないのに服を買うという発想に、少々衝撃を受けた」と感想をもらした。
イベントの後半には大野さんの講演があった。大野さんが所属する「itobanashi」の代表、伊達文香(だて・ふみか)さんは5年半前にインドを訪れた。その時に目にしたのは、貧困にあえぐ女性たちが売春をすることで生計を立て、妊娠、出産をしても、子どもに教育を与えられるほどの経済力もなく、貧困の連鎖が続くといった状況だった。当然、女性の安全も健康も守られていない現実を前に、ソーシャルビジネスとして「itobanashi」を設立したのだ。
一方、インドの女性の手仕事の素晴らしさにも魅せられていた伊達さんは、彼女たちの「力になりたい」と思った。それは「かわいそう」といった同情ではなく、「共に働きたい」という気持ちだった。
同団体の製品は「早くて安い」ではなく、生産者の女性たちに、安全が確保される場所での労働と、最低賃金以上の費用を保障し、デザインや品質にもこだわるといったもの。「『かわいい』と思うその先の一着」を目指している。
消費する日本側の女性たちには、生産の様子が分かるような仕掛けを今後考えていく予定だという。「日本側から生産者を指名してオーダーメードなどができるようになれば、双方ともにメリットがあるのでは」
また、消費者側の意識を変えるために、「食育」ならぬ「服育」講座の実施もしている。服はどのような材料からどのように作られて私たちの手元に届くかといったことを、子どもにも分かるようワークショップなどを行っている。大野さんはイベントの中でこう話している。
「ファッションに興味がある主な年齢層は、社会に出ていない若者。しかし、彼らは学業との両立もあるため、ファッションにお金をかけるほどの経済力はない。でも、かわいい服、かっこいい服を着たい。ファストファッションは、彼らの欲求をうまく満たしてくれる。しかし、それだけでいいのかという問題提起をしておきたい。ファストファッションを決して否定するのではない。消費者の意識を、自分たちの欲求だけのためではなく、それらを生産している人たちにも向けることが目的」
参加者の中に、日本有数のファストファッション店でアルバイトをする学生がいた。彼は、「僕たちが毎日手にする製品がどこから来て、どのような環境の中で作られているかを知る人は少ない。日々の売り上げのことは店でも話題になるが、このようなことが話題になることはまずない。今日をきっかけに少し考えていきたい」と感想を述べた。
牧師でJIFHの田村治郎啓発総主事は、大量消費社会と聖書の接点をこのように話す。
「旧約聖書の創世記3章には、アダムとエバが『禁断の果実』を食べて罪を犯したことが書かれている。それまでエデンの園を支配し、自由に暮らしていた2人は、『支配する者』から『支配される者』に変わってしまった。私たちも、常に欲求に支配されているのではないか。『つつしむ』ことが時には必要。人間には限界があるが、まずは知ることから始まる。そして、それを広げていくことで、何かが変わるのでは」
「itobanashi」では今夏、全国各地で展示販売会を行う予定。
(東京)7月21日~23日 リベトスプレイス吉祥寺
(福岡)7月28日~30日 art space tetra
(広島)8月3日~7日 工房空間ギャラリースペース
(奈良)8月11日~15日 鵤楽舎
(愛知)8月18日~21日 会場未定
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