今年7月、1本の映画が米国で公開された。一見すると何の変哲もないSF映画である。しかし、そこに込められた製作者の意図を知るとき、ハリウッドが2016年の大統領選挙に対して、暗に送り続けたメッセージを読み解くことができる。
その映画とは、「スター・トレック BEYOND」である。米国では「トレッキー」という熱狂的なスタートレック信者を生み出すほどのこのシリーズ。その最新作に込められた政治的なメッセージとは何か?それを今回はひもといてみたい。
米国にはSFファンを二分するシリーズ映画が存在する。一方は言わずと知れた「スターウォーズ」。昨年の新作公開の記憶も新しく、1970年代半ばから続くスペースオペラである。そしてもう一方が今回取り上げる「スタートレック」シリーズ。1966年に始まったテレビシリーズで、その後1979年に(恐らくスターウォーズの大ヒットにあやかって)映画第1作が公開されている。
その後13本のシリーズが製作されていて、今回取り上げる「ビヨンド」は、J・J・エイブラハムが監督して2009年にリブートさせた最新シリーズの第3弾となる。この新シリーズの興行成績は見事なもので、前作、前々作「スタートレック」は、共に2億ドルを突破する大ヒットとなっている。
今回の第3弾は、「ワイルド・スピード」シリーズのジャスティン・リンが監督し、脚本に英国俳優サイモン・ペッグが名を連ねている。米国では1億5千万ドルを超えるヒットとなっていて、第4弾の製作も始まっている。
その時々の米国世相を反映させてきたスタートレックシリーズ
このスタートレックというシリーズは、スターウォーズとは対照的に、製作当時の米国の世相を反映させる舞台設定を構築することで有名である。例えば1966年からのテレビシリーズには、エンタープライズ号の乗組員として、黒人、日系人がキャスティングされている。これは公民権運動で示された「人種差別撤廃」のスローガンをいち早く取り入れためである。つまり、本シリーズは米国のリベラル派の主張を代弁するような前衛的なシリーズだったのである。
その後も、映画シリーズでは第4弾(1986年)でマッコウクジラの絶滅をモチーフにして自然環境保護をいち早く訴えたり、新シリーズ「イントゥ・ダークネス」(2013年)ではイラク戦争を題材に、9・11後の米国の在り方を批判する作りになっている。
今回の「ビヨンド」でも、幾つかの「現代的なトピックス」が盛り込まれている。1つは、乗組員に同性愛者がいること。それが周知のこととなっていて、誰もそれを不自然とは思っていない人間関係が描かれている。これなどまさに「現代米国」の縮図であり、1960年代に人種問題をいち早く取り上げたシリーズの精神を踏襲していると言えよう。
さらに、もっと大きなトピックスとしては、今回の敵に想定されているのがドナルド・トランプ氏であること(映画評論家の町山智浩氏が出演するラジオ番組「たまむすび」でこのことに言及している)。脚本担当のサイモン・ペッグと出演俳優らのインタビューから、このことは確かな情報と考えていいようだ。
人工衛星「ヨークタウン」は現代米国の象徴?
物語は、「ヨークタウン」と呼ばれる宇宙連邦最大の人工惑星(宇宙ステーション)。そこにはあらゆる種類の異星人たちが手を取り合い、連邦の秩序の中で暮らしていた。そこに救援信号を発しながら未知の星雲からエイリアンがやってくる。遭難した仲間を助けてほしいというエイリアンの要請を受けて、カーク船長らエンタープライズ号の乗組員は、宇宙連邦の手が及ばない未知の星雲へと旅立っていくが・・・。
未知の星雲にはとんでもない敵が待ち構えていて、そこで主人公たちはさまざまな危機に直面しながら真相に迫っていく、という「お決まりのパターン」。最後に人工惑星「ヨークタウン」をこの敵は滅ぼそうとするのだが、この攻防に政治的なメッセージが込められていることになる。
まず、人工惑星「ヨークタウン」というネーミング。ヨークタウンとは、歴史上、米国が国家として独立する際に英国と戦って勝利した場所を指す。つまり(脚本家がそう言っているから間違いないだろう)この人工惑星は、「現在の米国」を象徴するものとして描かれている。多様な異星人たちが入り乱れ、それを連邦という組織が管理し、人工的な空間にある種の理想郷を形成している。まさに「偉大な実験国家米国」を連想させるものである。
そこに他の星雲から敵が攻めてくる。しかもその攻撃形態は、巨大な宇宙船や強大な生命体ではなく、一つ一つはとても小さな、しかし無数の飛行物体がある意志に操られるようにして、「ヨークタウン」を殲滅(せんめつ)しようとするのである。その攻撃指令を出しているのは、単体の異星人であり、彼の意志を受けて数千万という飛行物体が「ヨークタウン」を危機に陥れる。
異星人との融和主義に反対する内から生まれたボス=ドナルド・トランプ氏が人工衛星「ヨークタウン」を滅ぼす!?
ここから少しネタバレとなるが、この他の星雲からやってきた敵のボスは、実は宇宙連邦と縁の深い人物である。彼は、多様な異星人と仲良くするという連邦の在り方には限界があり、しょせん異星人同士は分かり合えないのだから「やるかやられるか」しかない、と主張する。どうして他の星雲からやってきた敵が、宇宙連邦のシステムに対してあれこれと口出しするかは見てのお楽しみである。
しかし、次の設定がトランプ氏を米国人に連想させることになる。それは、「他の星雲から」やってきたはずの敵は、実は「ヨークタウン」が生み出した「内なる存在」の成れの果てであった、ということ。「ヨークタウン」は「多様性を認める」在り方を建前にしているが、実は一部の富裕層にとって都合のいい管理のされ方をしており、そのからくりが露呈しそうになると、彼らは容易に「不都合な真実」を切り捨ててしまう輩(やから)だということ。
「自由と平等を謳(うた)い、多様性を強調するが、実は、持てる者が持たざる者を支配し統制する社会を作り上げてきたのではないか?」。そう訴える敵に導かれて、無数の名もなき飛行物体が一糸乱れぬ攻撃を「ヨークタウン」にしかけてくる。この映画の脚本家たちは、現代米国のトランプ現象をこの異様な攻撃形態を通して、象徴的に描き出したのである。
トランプ氏は初め、ドイツのヒトラーなどの暴君と重ねられて「どうしてこんな輩が大統領候補に?」と受け止められてきた。映画で言うところの「別の星雲から飛来した敵」である。しかし、この映画の脚本が秀逸なのは、このトランプ現象が実はヒトラーの再来や暴君の登場などではなく、米国エスタブリッシュたちの形骸化したアメリカニズムが生み出したのだ、と訴えている点である。
そういった意味では、非常にパンチの効いた辛口パロディーと言える。そうすると、無数の飛来する飛行物体はさしずめトランプを支持するようになった「白人ブルーカラー層」ということになるのかもしれない。「トランプ現象」が「ヨークタウン」(米国)を破滅に追い込んでいく、というメッセージが映画のクライマックスに見事に重なっていく。
この危機を救うのがカーク船長を中心とするエンタープライズ号の仲間になる。多様性と前衛性のシンボルが、最後に危機一髪で敵を殲滅する。敵の主張と攻撃を乗り越え(ビヨンドし)て、「ヨークタウン」を守り、宇宙連邦の理念をも守る展開となる。これこそ米国が掲げてきたリベラリズムを象徴している。アカデミー賞会員がいかに保守的であっても、やはり映画人の多くは民主党寄りであることが、こういう作品を見ると分かる。
しかし、現実はこうならなかった。真に乗り越え(ビヨンドし)たのはトランプ氏の方だった、というオチがついてしまうのだが、この映画が公開された時はまさかこうなるとは思ってもみなかったのだろう。事実は映画よりも奇なり、である。
■ 映画「スター・トレック BEYOND」予告編
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