クリスマスが近づきました。ケンタはお父さんから月山さんがレインボー・ホームに入ったことを聞きました。ケンタのお父さんはこのホームでお年よりのお世話をする仕事をしています。お年よりが毎日お泊まりをしてくらす老人ホームが上の階にあり、1階にはデイケアといって、朝夕車で送りむかえをしてもらって通ってくる人たちがいる、そういう所なのです。
月山さんは奥さんが亡くなって1人ぐらしをしていましたが、具合が悪くなりしばらく入院をしていました。たい院してまた1人でくらすのは大変なので、ホームに入ることになったのです。
ケンタは月山さんに会ったことがありません。でも、夏休みに3人で冒険したあの日に、月山さんのためにお祈りしたことをわすれたことがありませんでした。牧師夫人から聞いた不思議なお話もよく覚えていました。
ですから、クラスメートのシュンスケに月山さんのことを話すと、ユキトもいっしょに月山さんのお見まいに行こうよという話になりました。
冬休みにまた、ユキトが牧師館に来ていて、3人はクリスマス劇(げき)の練習をいっしょにしていたからでした。
月山さんはベッドの中で眠(ねむ)っているようでした。ケンタは月山さんに声をかけたらいいのかどうか、まよっていました。すると、シュンスケがトントンとかたをたたきました。ベッドの横のテーブルを指さして、ネッというような顔をしています。かざってあったのはイースターの卵でした。
ユキトは大たんに手に取っています。「これ、焼き物のようだよ」。シュンスケもケンタも手にとってながめました。
ビタエが石に変えたあの卵に似(に)ているような気がしました。でも、ここにあるのは似ているけれど別のものにちがいないと、ケンタは思いました。あの卵はバケツに入れて全部ビタエにわたしたはずでしたから。それにかざり物の卵は少しでこぼこしていて、ユリの花の絵がかいてあるだけの、あっさりしたものでしたから。
月山さんは軽い認知症(にんちしょう)だから、言っていることが分からないかもしれないよと、ケンタはお父さんに聞いていました。認知症というのはお年よりの病気なのだそうです。朝ご飯を食べたことをわすれて、ご飯はまだですかと聞いたり、自分の家族に向かって、どなたですかと聞いたりするのだそうです。
月山さんが目を覚ましたら、なんて言ったらいいのだろうとケンタは思いました。でも、月山さんはよく眠っていて、なかなか目を覚ましそうにありませんでした。
「月山さん、絵がうまいんだよ。自分で絵をかいた紙芝居を教会学校でしてくれた。ろうそくがなみだを流すお話」
「面白そうだね。どんな話」「ええっ、わすれちゃった。そこだけ覚えてる」
シュンスケとユキトのやりとりを聞いているうちにケンタはいいことを思いつきました。
「ねえ、クリスマスの歌を歌おうよ。月山さん、きっと喜ぶよ」
子どもたちは劇の中で歌うクリスマスの歌を歌いました。
「うれしい、うれしい、クリスマス。かん、かん、かん、かん、かねのおと。子どものすきなイエスさまの...」
すると、月山さんがうっすら目を開けて、うれしそうに笑いました。そして、いっしょに歌い出したのです。「たのしい、たのしい、クリスマス」って。
子どもたちもいっしょに歌いました。「りん、りん、りん、りん、すずのおと。サンタクロースのおじいさん、よい子をたずねて、そりのたび...」
「月山さん、ぼくたち、お見まいに来ました。これ、プレゼントです」。ケンタのプレゼントは、金色の星のついたクリスマスツリー。シュンスケのプレゼントは、赤いリボンのついたリース、そしてユキトのプレゼントは、ふわふわの白いわたのついた長ぐつでした。どれも折り紙で作ったものでしたけど、月山さんはにこにこして一つ一つ手にとって、「ホー、君たちが作ってくれたんか」と言って、喜んでくれました。
そして、「もうクリスマスか」って、少しウルウルした目をして、つぶやくと、目をとじて、また眠ってしまいました。
その晩、月山さんは夢を見ました。子どものころの月山さんが、絵かきのおじさんのアトリエに遊びに行った夢でした。昔、昔のことでしたのに、まるで昨日のことのように思えました。
おじさんのアトリエには地下室があって、せまい階段を下りると、下は物置になっていましたけど、その一すみに、小人の家族が住んでいました。おじさんは時々パンや水を、この小人たちに分けてあげていました。月山さんはぐうぜん小人の一家を見つけてしまい、びっくりしておじさんに話しました。
「だれにもナイショだよ。お父さんやお母さんにもだまってるんだよ。あの人たちは数が少なくなって、かくれてくらしているんだから」。おじさんは言いました。
「小人は長生きだけど、なかなか子どもができない。でもあの家族には子どもがいて、命をつないでいくことができる。幸せな家族だけど、ほかの小人たちとなかなか出会うことができずにいるから、何とかして助けてあげたいと、ぼくは思っている。つねくん、君も仲間になってくれるかい」
つねくんというのは月山さんの子どものころのよび名でした。
月山常雄(つきやま・つねお)というのが、本当の名前でしたけどね。(つづく)
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