個人的には「最高の花婿」を超えて今年一番の名作だ。そして、教会に居場所がないと感じている人、人間関係に悩んでいる人、そんな人にこそぜひ見てほしいと思わされた。
主人公は、オランダの農村で暮らす初老の男フレッド。妻を亡くし、息子も今はいない。毎週日曜日に教会の礼拝に行くのと、家でバッハのマタイ受難曲を聴くのだけが唯一の楽しみの孤独な男だ。
そこにある日、ちょっと奇妙な男テオが迷い混んできて、共に暮らし始める。中年と初老の二人のおじさんの“二人暮らし”が始まる。そして、全ての生活が少しずつ変わっていく・・・。
予告編を見たときは“優しい”「テオレマ」(ピエル・パオロ・パゾリーニ監督)のような映画なのかと思っていた。ちなみにテオは「テオドール」、ギリシャ語の原義は「テオドロス=神の贈り物」を意味する。(英語ではセオドア、ロシア語ではフョードル)。
その予想は半分当たっていたが、中盤からは大きく裏切られる。とても良い意味で。予想外の展開で話が転がり、なんといっても怒涛(どとう)のラストが素晴らしい! そして全編を通して「バッハメドレー」と言いたくなるほど教会でよく耳にするクラシックの名曲がふんだんに効果的に使われているのもまたうれしい。
主人公のフレッドは、とても真面目で厳格な善きキリスト教徒だ。食事の前にはきちんとお祈りをし、日曜日の教会の礼拝にも遅れることなく出席する。普段はお酒も飲まない。テオのためにとスーパーに買い出しに行き、久しぶりにお酒を買うときも、買い物かごの底にこっそりと紛れ込ませる(真面目なのだ)。
そして、真面目な分、ちょっと頑固で融通が利かない。この一見よくありそうな初老の男性の役柄を、俳優のトン・カスがとても見事に新鮮に演じている。迷い込んできたテオは、自分の名前と年齢を言えず、会話をすることもできない。でもなんだかコミカルで憎めない。そして、ヒツジやニワトリやサルや動物の鳴きまねがとてもうまいのだ。
そこで二人は、近所の子どもたちの誕生パーティーのための“芸人コンビ”となるのだ! ところが、近所の人や教会の真面目な信徒仲間たちは、男二人の生活をあやしむようになる。そしてついには、家の壁に「ソドムとゴモラ!」と落書きされるはめになる。
一見優しい映画だが、実はこの映画がキリスト教における同性愛への偏見を真正面から取り上げていることに気付くだろう。そして、この映画全体のモチーフが、新約聖書の善きサマリア人の例えの物語だということにも気付くはずだ。
フレッドは善きサマリア人であろうとし、実際にそう行動するが故に、逆に教会の中で非難され、孤立していくというのがとても皮肉で悲しい。
彼が通う日曜日の教会の礼拝シーンでは、私たちも聞き慣れた賛美歌がオランダ語で歌われ、牧師の口からはマタイ25章の有名な箇所が読まれる。
「『お前たちは、わたしが飢えていたときに食べさせ、のどが渇いていたときに飲ませ、旅をしていたときに宿を貸し、裸のときに着せ、病気のときに見舞い、牢にいたときに訪ねてくれたからだ。』すると、正しい人たちが王に答える。『主よ、いつわたしたちは、飢えておられるのを見て食べ物を差し上げ、のどが渇いておられるのを見て飲み物を差し上げたでしょうか。いつ、旅をしておられるのを見てお宿を貸し、裸でおられるのを見てお着せしたでしょうか。いつ、病気をなさったり、牢におられたりするのを見て、お訪ねしたでしょうか。』そこで、王は答える。『はっきり言っておく。わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである』」(マタイ25:35~40)
しかし、それを実践しているが故に、フレッドは教会から孤立してしまう。それは、実際に私も教会の現場で何度も目にし、耳にしてきたことであり、他人事には思えない。
でも二人は、それでめげたりはしない。映画の中盤から終盤にかけては、本当に怒涛のような勢いで話が展開していく。そして、ラストの5分間が本当に素晴らしい。まさかこんな壮大な盛り上がりで終わるとは!(ちょっとネタバレすると、マッターホルンとマタイ受難曲と、シャリー・バッシーの懐かしの名曲『This is My life』の見事な三位一体なのだ!)
エンドロールを見て思わず暗い劇場の中で涙がちょちょ切れながら、これは今年最高の傑作だと思わせられたのだった。残念ながら私が見た時期が遅く、劇場での公開も残りわずかとなってしまっている。でも劇場で、あるいはDVDになったらぜひ見ていただきたい。
心優しさ故に、繊細さ故に、教会に居場所がないと感じている人、教会の人間関係に悩んでいる人、そんな人にこの映画は、優しい、そして力強い励ましになるだろう。
■ 映画「孤独のススメ」予告編