日本ルーテル神学校のデール・パストラル・センター(DPC)が主催する第3回デール記念講演会が14日、今年3月に90歳を迎えた日本ルーテル神学校・ルーテル学院大学名誉教授のケネス・デール氏を講演者に招き、日本福音ルーテル東京教会(東京都新宿区)で開催された。デール氏を慕って集まった約130人を前に、困難な時代を共に生きるための、全人的な人間理解と愛する心について語った。
デール氏は、1951年に米国のルーテル教会から日本に宣教師として派遣され、その後50年以上にわたり日本で働いてきた。日本ルーテル神学大学・神学校では神学教育に尽力し、82年には人間成長とカウンセリング研究所(PGC)を創設した。96年に引退後は米国に在住。今年3月に90歳を迎えたのを機に来日したことで、デール氏の名前を冠したセンター主催の講演会への出演が実現した。
この日の講演は、「21世紀の牧会的人間性の理解~90歳の観点からの感想~」との題で、「五つの人間性の側面」をテーマに話をした。「五つ」とは「身体、知性、感情、社会性、霊性」を指す。デール氏は、「この大事な五つの側面に焦点を絞って、21世紀の視点と90歳の視点から述べさせてもらいたい」と前置きをし、途中何度か参加者同士のディスカッションを交えながら講演を進めた。
第1の「身体」では、まず脳や心臓といった体の器官を取り上げ、自身の経験も交えながら、人間を生かしている体の神秘性について語った。そして、性(セクシュアル)について言及し、米国の教会では同性愛の問題をめぐり、分裂の危機にまで発展してしまっていることを嘆いた。
「性は、神様の素晴らしい創造物。性の傾向の違いは、人間性の不思議な違いであり、自然の現象だと見ている」と言う。また、「聖書では、体と人格の全てを神様が創造され、無条件に愛されている。ならば、例外なくどのような人でもお互い尊敬すべきではないか」と伝えた。
その上で、この問題を取り上げることについて、「いずれは日本の教会にとってもこの問題が切実になる時が来る。アメリカでの失敗に学び、聖書の基本的メッセージをよく勉強して、分裂を避けてくれればと私は望んでいる」と話した。
第2は「知性」について。現代人は、大量の情報を得、高度な技術を身に付けているにもかかわらず、世界は決して住みやすくないと話し、人種差別や貧困問題、銃の問題など、米国の個人主義的な誤った考えを指摘した。
デール氏は、「日本もたくさんの問題を抱えていると思うが、若い世代はその優れた知識によって、知恵のある解決を見いだそうとしているか」と問い掛けた。「私たちの知性は何のために使われるのか、大学は若者を正しい方向に導いているか、全世界の教育者にとっての切実な課題だ」と語った。
第3の「感情」では、エモーショナル・インテリジェンス(Emotional Intelligence)、心の知能指数(感情のIQ)について話した。デール氏は、人間の行動は感情によって操作され、知性だけの役割は限定されていると語った。
相手の心や感情は、表情や声、姿勢などに表され、五感を通して読み取ることができる。そのことの重要性を説明し、日本人は西洋人より「感情のIQ」が優れていると話した。
また、福祉や医療の現場で、理性で病気や状態が診断されても、相手がどのような人生を生きているかという人間存在として理解できず、優しさや同情といった感情が働かない「感情のIQゼロ」という人の問題を例として話した。「大学には『感情のIQ』といった科目はないかもしれないが、カウセリングの時間などでこのことを学んでほしい」と勧めた。
第4は「社会性」、特に「他者との関わり方」について話した。人間関係を家族や知り合いだけでなく、もっと広いものとして捉えているデール氏は、「聖書全体にわたってのテーマは、全ての人は神の大きな愛に包まれるということ」だと話した。
今日の欧米での具体的な問題に触れ、「テロを批判しながら、どのようにムスリムの人たちと交わりを持てるか、難しい課題に直面している」と語り、それでも「この機会にこそ、隣人に対する尊敬、宗教に関係なく寛容と親切を示さなければならない」と話した。
デール氏は、自身が現在暮らす地域で異なった宗教を持つ人たちが集まり、理解を深め、助け合う活動について紹介した。「それぞれの宗教の間に平和がなければ、世界の平和はない」と伝えた。
さらに、「私たちは動物、植物、水、空気との関係の中で人生を送っている」と自然との関わりについても触れ、「それら全部への配慮と感謝は、私たちの喜びであり、責任です」と述べた。
最後に「霊性」について語った。デール氏は、神を学問的に定義することはできず、聖書では「たとえ」で語っていると述べ、「光」とか「引力」など21世紀にふさわしい「たとえ」で語ることが有効ではないかとした。
そして、「引力」を取り上げ、「神は見えないけれど、私たちの身近なところに常に存在する引力のようなもので、存在するものはあらゆるものがそれによって安定する。なかったら全てが壊れて消えていってしまうのだ」と話した。「私は、神は人間も含め全てのものの中におられると考えている。私たちの中に具体的な神の働きを見ていくことで、神の存在が確実になる」と語った。
「人生の五つの側面」について説明を終えたデール氏は、「たとえ、人々の異言、天使たちの異言を語ろうとも、愛がなければ、私は騒がしいどら、やかましいシンバル」(Ⅰコリント13:1)との聖句を引用し、「これら五つのことが分かっていても、何もしなければ何にもならない」と述べ、「実践」することこそ重要とした。
「何を考えるか、何を言うかより、何を実際にするかが一番大切。また、何をすべきかを知っていても、実際に行動に移さなければ何もならない」と力を込めた。
デール氏は、「人間性を学問的に分析し、理解することができても、キリストの愛の行為を実践しなければ、本当の生きる喜びを味わえない」「どうか、神の御心を知り、体も知性も感情も全てキリストの愛と正義に照らし、全ての隣人に深い思いやりと愛をささげていきましょう」と締めくくった。
講演後は会場を移し、デール氏を囲んでの祝会が行われた。参加者たちは、日本ルーテル神学校・ルーテル学院大学でのデール氏との思い出やデール氏の魅力について、時にはユーモアも交えながら次々と語った。
また、新たに出版されたデール氏の著書『90才の信仰エッセイ90』も紹介され、90歳を迎えてなお衰えることのないデール氏の働きに、参加者たちは喜びを表し、主に感謝をささげた。
参加した40代の女性は、「とても感動した。デール先生の話は、難しい言葉も出てきたが、とても分かりやすかった。自分とは違った環境にある人たちと交流することは難しいが、実行できるよう祈っていきたいと思った」と感想を語った。