11章 忍び寄る波に用心を
海がすぐそばにある家に住むようになりました。押し寄せては返す大波がいろいろな物を海岸に置いていきます。私たちはその海辺の産物を拾い集めたりして、生活の幅が広がりました。さらに、上げ潮から教えられた貴重な体験をしました。
ある晴れた日の午後に、私は子どもたちを海岸で見守る役をしていました。私の足元に上着、タオル、ビーチ・サンダルを置いた娘たちは、バシャバシャ水を散らして遊びに夢中でした。そこへ、8歳になる息子が水遊びの仲間入りをしようとしています。
彼は私に向かって、「ママ、僕のブーツが濡れないように、見張り役を頼んだよ。潮が満ちてくるからね。分かったよね」と叫びました。水着にカーボーイ・ブーツを履いた息子の格好は際立って見えました。振り返って、息子から頼まれたブーツが私からおよそ2メートル離れた所にあるのを確認した後、私は砂浜に腰を下ろし、一息つきました。
しばらくして、子どもたちが水をポタポタと落としながら、海から上がってきました。その日は、特に風が冷たい日でしたから「もうたくさんだわ」と口々に言いながら、青ざめてブルブル震えていました。ちょうどその時に、金切り声とも言える息子の叫び声が聞こえてきました。
「ママ、ブーツが水に浮かんでいるよ。ママを信じていたのに。僕のブーツが濡れないように見張っていてと言ったよね」。見回すと、彼が冗談を言っていたのではないと分かりました。半分、水に浸かったブーツが浮かんでいるではありませんか。
息子をチラッと見て私がおどおどしていた様子は、誰の目にも歴然としていたでしょう。彼のがっくりした顔に、母親の私は身が縮む思いでした。
「ママ、あれほど言ったのに、聞いていなかったね」。「もちろん、聞いていましたよ」と答えましたが、説得力のある返事にはなっていなかったのです。すると、息子は、ためらいながらも、母親の言葉を信じ、精いっぱいかばおうとして、「ママが気づかなくてはいけなかったんだよ。潮が満ちてくることくらい」と、つぶやきました。
「そうだわね。ちゃんと聞いていなかったのよね。そんなに気にすることでもないと思ったのよ」。私がしてしまったことを大目に見ようとする息子には、ありがたい気持ちを抱きましたが、彼は捨て台詞とも言える棘(とげ)のある言葉を残しました。
「これからは、いつも上げ潮には、気を付けなければね。いいかい、ママ」。息子の言うとおりです。以後、気を付けようと思いました。この日の経験を私は何回も思い出しています。
私たちの日々の歩みを考えると、このひたひたと満ちてくる潮と同じ教訓が何と多いのでしょうか。重大なことが起こった後で、危険が知らず知らずのうちに忍び寄っていたことに気が付くのです。
私は確かに息子のブーツが、岸辺近くにあるのを覚えていました。しかし、そこは陸に近い場所なのに水に浸かってしまったのです。私は安心して腰を下ろしていましたが、いつの間にか、私の周りが水に囲まれ、陸地の小高い所、陸の孤島に私は取り残されていたことに気が付いたのです。ですから、実際には靴を脱ぎ、岸辺まで浅瀬を歩くことになりました。
人生の波が押し寄せてくるときは、自分が陸に近い所にいるかどうかは必ずしも大切なことではありません。ここでいう陸近くとは、年を重ねて熟年になっているか、霊的に成熟しているかどうか、または、広い視野を持っているかどうかという意味です。
人生の波というのは、つまり、霊的な問題、物質、家庭、経済、精神面や感情的な問題など、他にもいろいろあります。人間は誰でも、一人一人人生の波にのまれやすい部分があります。押し寄せる波がどのような性質であっても、波は私たちに気が付かれないように、静かにそうっと入り込んできます。そして結果として、知らないうちに波は、私たちを神様から遠ざけてしまうのです。
人生のいろいろな波から守られる場所は一カ所しかありません。それは小高い場所です。その小高い場所にたどり着くための方法は、ただ一つです。神様ご自身が攻撃から守るための鎧兜(よろいかぶと)となってくださいますから、私たちもこの武具を身に着ければ波に打ち勝てます。
私たちが立ち向かわなければならない敵である波は、私たちの一番弱いところをよく知っています。ですから、私たちもこのような波を送ってくる敵の策略や知恵と、真剣に対峙(たいじ)しなければなりません。しかし、困ったことに、本気で対峙している人は少ないのではないでしょうか。
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【書籍紹介】
ミュリエル・ハンソン著『蜜と塩―聖書が生きる生活エッセイ』
読んでみて!
一人でも多くの方に読んでいただきたいエッセイです。聖書を読んだ経験が有る、無しにかかわらず、著者ファミリーの普段着の生活から「私もそのような思い出がある」と、読者が親しみを抱くエッセイです。どなたが読んでも勉強になります。きっと人生の成長を経験するでしょう。視野の広がりは確実です。是非、読んでみてください。
一つは、神を信じている者が確信を持って生きる姿をやさしく、ごく当たり前のこととして示しているからです。著者は、日本宣教のため若き日に、情熱を燃やしながら来日しました。思わぬ事故のためにアメリカへ帰らなければなりませんでしたが、生涯を通して神への信頼は揺るぎませんでした。
もう一つは、日常の中に働いている聖霊のお導きの素晴らしさを悟ることができるからです。私たちの日常生活が神様のご意志のうちに在ると知ることは、安心と平安を与えるものです。
さらに、著者のキリスト者生活のエピソードを通じて、心が温まるものを感じます。私たちの信仰生活に慰めと励ましが与えられます。信仰が引き上げられて、成長を目指していく姿勢に変えられていく自分を発見するでしょう。
長く深く味わうために、急がずに、一日一章ずつでもゆっくりと読んでみてはいかがでしょうか。お薦めいたします。
ハンソン夫妻の長い友 神学博士 堀内顕
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