コーヒーを飲みながら、Nは「クトゥルムシウー修道院へ行こう」と案を出してくれた。撮影の交渉をしてみようと。
Nの家から車で10分、彼の住むケリを管轄しているアトス内にある大きな20ある修道院の一つ、クトゥルムシウー修道院へ到着した。山間にあり、道の看板を見ると、そこにはカリエと記されていた。つまり、先ほど降り立ったカリエからは徒歩圏内にあり、この修道院は巡礼者にとっては一番気軽(道のりが簡単で近い)に訪れることのできる修道院でもある。
高く硬い石壁伝いに歩き正門を目指す。右側には畑や泉(貯水池)、ケリも点在している。また、畑の奥にはロバもおり、家畜も飼っていた。
いよいよという気持ちが込み上げる。彼らの共同生活とはどのようなものなのか。朝一に船から見た修道院、今実際に目の前にすると大きく、積み上げられた石組みや手つかずの自然から歴史の深さを感じる。そこに住む祈りにささげた苦行の生活を送る彼らを思うと、いまだ体験したことのない世界、修道士たちはどのような人間観を持っているのか、いろいろな気持ちが抑えられなかった。
修道院を訪れると最初に「アルフォンダリキ(受付)」と書いてある看板を探すことになる。皆最初にそこへ向かい、宿泊許可を取らなければならいのである。そこには担当の修道士がおり、熱烈な歓迎をまず受ける。奥が勝手になっており、お水と鬼のように甘いモチモチしたお菓子ルクミを出してくれる。
またチプロというお酒も出される。場所によってはグリークコーヒーを出してくれるところもある。遠い昔は歩いて修道院を訪れていたことから、この水分と糖分というものは、乾燥した気候を考えると理にかなっている気もしないでもない。
そこで一休みしながら、入山証明書を提出し、修道院が用意する宿帳に自分の名前を記し、部屋への案内となる。その時間約30分、焦る人はおらず、修道士たちは巡礼者たちと「よく来ましたね」「どこからですか」などの会話を楽しむのである。
Nはその修道士に大臣の許可書を見せた。すると、修道士は院長に聞いてみます、と返した。後で気付くことになるが、修道院の組織というものは、全ての場面において、共に生活する修道士たちの霊的指導者である修道院長(イグーメノス)の下で、ピラミッド型に形成されているのも特徴である。
大臣の許可をもらったからと言い、各修道院で院長からの許可をその都度取らなくてはならないということに気付いた。現にこの後、何度となく修道士たちに「撮ってはいけません」と注意を受けることになる。
その後、部屋に案内された。修道院の敷地に入ると、その造りは地上4階から5階ほどの高さの城壁に囲まれ、その中に主聖堂、食堂(トラペザ)、聖水所が必ず備わっている。
周りを囲む城壁内には修道士たちの居室が1人に一つ与えられ、巡礼者にはそこへの立ち入りは禁止されている。巡礼者用の部屋も準備されており、2人部屋、ドミトリーのような大部屋、司祭などには個室を与えられる所もある。
また、大祭などの時は、各修道院から司祭などが訪れることから、ホテルのような造りになっている階層もあった。われわれには、地上4階の個室を用意してくれた。ベッドが2台、トイレとシャワーも完備してあり、薄暗いがそれなりに清潔にされた部屋だった。
時間は午後3時半ごろ、荷物を置き、少し修道院内を散策した。Nの姿が先ほどとは違うことに気付く。きれいな黒衣はもちろんであるが、頭からも黒い帽子、ラーソといわれるマントのような黒衣をまとい、顔のみしか肌を露出していない。
聖堂に入る際は、仕事着の黒衣を脱ぎ、修道士たちは美しい漆黒の黒衣を身にまとい、祈りの時を迎えるのである。
すると、遠くの方から木をコンコンコンコンとたたく音が聞こえてきた。その音色は何とも言えない木の渇いた音、心地よい。どうやらリズムがあるようだ。
その音は段々と近づいてくる。ついに現れると、修道士が木の板を木のとんかちのようなものでたたき、主聖堂の周りを巡っている。これはシマンドロと呼ばれ、祈りの約1時間前から数回にわたり、中庭をたたいて周り、お祈りが始まりますよという合図を修道士、巡礼者に教えるためのものであった。
基本アトスでの祈りは1日2回(大祭の時は別)、季節などによっても違うが、朝4時ごろから8時くらいまであり、その後食事、夕方は4時ごろから7時まででその後食事、というのが一般的である。つまりシマンドロは昼間この3時ごろに鳴るが、夜中のまだ真っ暗な深夜3時ごろにまた鳴ることになる。
その音を合図にあちらこちらから、修道士たちが美しい黒衣を身にまとい集まり出して来るのである。これまで居室にいた修道士たちがいよいよ姿を現した瞬間だった。そしてNの表情や目つきもスッと変わり、いよいよ聖堂が開き、一緒に内部へ入ったのである。
シマンドロの音色を聴き、修道士たちの祈りが始まる。われわれの祈りが始まります、と神に伝えているのか。その木の音は美しく澄んで、遠くはるかかなたにも響きつながっているのでないか。
Nを先頭に聖堂内に入った。聖堂の造りは、中期ビザンチン建築の典型的な十字型の教会造りをしており、奥には至聖所、両翼には聖歌隊が配する場がある。内部の装飾は豪華絢爛(けんらん)、壁や天井は全てイコンやフレスコ画で埋め尽くされていた。徐々に修道士たちの声が響き始めた。
次回予告(4月16日配信予定)
聖堂での祈りが始まります。そして食事。朝の祈りへと続きます。クトゥルムシウー修道院を訪ねて・その2をお楽しみください。
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