聖書協会の設立(メアリーの聖書)
世界中の人たちに、自分の言葉で聖書が読めるように、また欲しい人は誰でも聖書が手に入れられるように働いている団体があります。その一つは、「聖書協会」です。イギリスで最初に聖書協会ができましたが、それには次のような話があります。
イギリスの西にウェールズという地方があります。そこでは、英語とは違ったウェールズ語が話されています。そこに、今から200年ほど前、一人のメアリーという女の子がいました。家は貧しくて、日々の生活も大変でしたが、メアリーは神様が大好きでした。近くに立派な家があり、そこにはウェールズ語の聖書がありました。メアリーは3キロ離れた町に学校ができると、喜んで出掛け、本が読めるようになり、土曜日になると、その立派な家に出掛けて行き、聖書を読ませてもらっていました。そこに出掛けてその聖書を読むのを楽しみにしていました。
でも、それだけでは満足できなくなり、そのうちに、だんだん自分の聖書が欲しくなりました。でも、メアリーの家にはとてもそんなお金はありませんでした。そこで、彼女は近所の人たちのお手伝いをして、お小遣いをもらい、少しずつ貯めていきました。メアリーが10歳の時でした。きつい仕事もありましたが、自分の聖書を買うためなら、そんなことは気にはなりませんでした。せっかくそのように働いて貯めたお金も、お父さんの病気がひどくなり、薬代にしなければならないこともありました。でも、6年間働いて、ようやく聖書が買えるほどのお金が貯まりました。
メアリーは、朝早く起きて、お母さんにお弁当を作ってもらい、大事なお金を借りたカバンに入れて、はだしで聖書を買うために町に出掛けました。町といっても、メアリーのいるところからは、35キロも離れている場所でした。大人が歩いても、7、8時間は十分にかかる距離です。しかも、ずっと上り坂です。子どものメアリーには10時間はかかったでしょう。町に着いたときは、もう日が暮れていました。その日は知っている人のところに泊めてもらいました。
次の朝、さっそく教会の先生のところに行って、「ウェールズ語の聖書を1冊ください」とお願いしました。ところがその先生は、「残念だけど、そのお金ではちょっと足りないし、それに、もう聖書も全部予約があって売り切れてしまったんです」と申し訳なさそうに言いました。その上、話を聞いてみると、これ以上はウェールズ語の聖書は印刷しないことが決まっているというのです。せっかく6年働いて、35キロの道を歩いてやって来たのに、もう聖書はないというのです。そればかりか、これからももう買う機会すらないというのです。メアリーは悲しくなって、おいおい泣いてしまいました。
でも、その教会の先生は、メアリーがどのようにお金を貯め、この町まで歩いて来たかという話を聞いているうちに、メアリーがかわいそうになってしまいました。そして、棚から予約済みの聖書を1冊取り出して、「メアリー、これを持って行きなさい。本当は、これをあげたら困るんだけど、君の話を聞いたら、君にこの聖書をあげないわけにはいかなくなったよ」と言って、親切に渡してくれました。メアリーは夢にまで見たウェールズ語の聖書をとうとう自分のものにすることができたのです。
この時のことを忘れられなかったこの先生は、ある会議で、全世界の人たちが聖書を読めるような手助けをする会を作ろうと提案しました。そして、「聖書協会」という会ができたのです。この会は、今では世界中の言葉に聖書を翻訳する仕事や、またできるだけたくさんの人たちに安い値段で聖書が読めるようにする仕事をしています。
◇
浜島敏(はまじま・びん)
1937年、愛知県に生まれる。明治学院大学、同大学院修了。1968年4月、四国学院大学赴任。2004年3月同大学定年退職。現在、四国学院大学名誉教授。専攻は英語学、聖書翻訳研究。1974、5年には、英国内外聖書協会、大英図書館など、1995、6年にはロンドン大学、ヘブライ大学などにおいて資料収集と研究。2006年、日本聖書協会より、聖書事業功労者受賞。2014年7~9月、ロンドン日本語教会短期奉仕。神学博士。なお、聖書収集家として(現在約800点所蔵)、過去数回にわたり聖書展示会を行う。国際ギデオン協会会員。日本景教研究会会員。聖書の歴史、聖書翻訳に関する著書・翻訳書、論文多数。