米国に本部があるバイブルリーグ・インターナショナルから出されている日本語訳聖書「ALIVE訳」に、新しい書巻が追加される。今回追加されるのは、新約聖書の「使徒言行録」だ。既存の日本語訳聖書では、「使徒行伝」「使徒の働き」などとも書名が付けられているが、ALIVE訳では「使徒の活動記録」と名前を付けた。ALIVE訳は、主に聖書に触れたことのない若い世代が読みたいと思える日本語訳聖書をコンセプトに訳されたもので、現在、iOS用の「App Store」で配信されている。
日本人は、世界の人口の約2パーセントを占めているといわれている。また、教育水準は世界トップクラスの高水準で文字を読めない人はほとんどいない。しかし、日本で現在広く使われている聖書訳の数は決して多くはなく、また既存の訳は、外国人にとってはもちろん、日本人にとっても世代によっては理解しづらい難解な表現がある。そのような環境を踏まえ、若者でも、クリスチャンでない人でも、分かりやすく、面白く読める日本語訳聖書を目指して訳されているのがALIVE訳だ。
この翻訳プロジェクトを取り仕切っているバイブルリーグ・インターナショナルは、約75年にわたり世界各地で活動している。その活動は、聖書の翻訳のみならず、教会開拓、聖書に基づいた識字教育、教会での弟子訓練など多岐にわたる。これまでに21言語で聖書翻訳を完成させ、現在も16言語で聖書翻訳のプロジェクトが進行中だ。その中には、識字率の低い発展途上国での活動も含まれており、字が読めない人にも聖書を伝えられるよう、さまざまな活動を行っている。
福音書などで描写されている紀元1世紀は、言葉遣いを聞くだけでその人の生い立ちや職業まで推察できるほど、教育水準の差が顕著であったという。しかし、現代よりも識字率が低いにもかかわらず、聖書の内容が広く普及していた。「当時の礼拝は、このような環境を踏まえ、字が読める者が聖書を読み上げるスタイルだった。当然、文字の読めない聴衆が一度聞いただけで理解できるよう、シンプルな表現で書かれています」と、バイブルリーグ・インターナショナルのヤンシー・スミス博士は語る。スミス博士は、新約聖書を書くのに用いられた言語であるギリシャ語と、それに関わる文化について研究を重ねていく中で、礼拝や礼典で使うために言葉の格式に気を配る現代の聖書訳の問題点に気付いたという。
ALIVE訳は、聖書原典本来の「伝えること」にフォーカスをしぼったコンセプトを受け継ぎ、2013年からプロジェクトを開始。今年4月からアプリの配信が始まり、今回、新約聖書の「マルコ筆・福音書」(マルコによる福音書)と旧約聖書の「ノアの箱舟」(創世記6〜9章)に加えて、7月から「使徒の活動記録」(使徒言行録)を読むことができるようになる。
このプロジェクトの日本での指揮を執る佐藤ブランドン牧師(ライフハウス東京)は、「この訳で特に強調したいのは、イエスや登場人物の感情や思い」だと語る。使徒言行録は福音書よりも多くの登場人物や地名がカタカナで登場する。そのため、人名なのか、地名なのか、「混乱する」という声もある。
「例えば、東京や大阪などと書けば、日本の地理にあかるい人には、距離や移動コスト、街の規模など、さまざまなことが推察できるでしょう。しかし、それが違う言語の知らない名詞なら状況を理解するのも難しい」と話す。
「神の言葉は生きている」(ヘブライ4:12)から、「生きた訳」という意味を込めて名付けられたALIVE訳。ブランドン牧師は、「当時の使徒たちは現在のような乗り物もなく、なおかつ治安の悪い旅路を、数百、数千キロかけて、命を狙われながらイエスのもたらした福音を伝えた。その内なる情熱や、そこから出てくる心を揺さぶる言葉は生き生きとしていたはずです。その心を伝えたい」と、ALIVE訳と名付けたもう一つの理由を明かす。
この訳のもう一つの特徴は、登場人物のキャラクターを強調している点だ。従来の聖書では、その人物に対して間違ったイメージなどを抱かないよう、キャラクターを強調することはほとんどなかった。しかし調査を行った結果、若い世代にとってその配慮が逆に、神やイエスの仲間たちの情熱や感情を文面から読み取りづらくしているという声が上がったという。
「もちろん、黒い物を白く表現することはいけません。しかし、聖書に記述されている文や台詞でも、彼らの情熱や性格を推測することは十分に可能です。ただ物言いを丁寧にし、難解な表現を排除すれば良いというものではありません」とブランドン牧師。このようなニーズに応えるため、ALIVE訳では、方言などで語尾などに特徴を持たせる台詞回しや擬音語を使うことで、キャラクターや状況描写などを色分けしている。日本語の単語と語彙(ごい)の多さ、言い換えるなら、煩雑さや難解と取られるものを逆手に取ったが、これは小説やライトノベル、マンガなど、現在世界で「クールジャパン」と呼ばれ、評価されている日本の文化に広く取り入れられている手法だ。
このような特徴を持つALIVE訳は、翻訳のプロセスも特殊だという。バイブルリーグ・インターナショナルでは、聖書原典のヘブライ語やギリシャ語の構造や意味などを訳者に示し、注釈や解説を付けたテキスト「TST(Translator’s Source Text)」と、原典を限りなく直訳した英語テキスト「TMT(Translator’s Model Text)」を、聖書翻訳で使用している。
文化的背景が違う言語を翻訳すると、さまざまな点で原典とズレが生じてしまう。そのズレを最小限に抑えるため、TMTを単純に各言語に翻訳するのではなく、さらに各言語の読み手に分かりやすい表現に置き換える「リスタイル」と呼ばれる工程を踏む方式を採用している。これにより、言語や訛(なま)り、時代や読み手の世代の変化に合わせて柔軟に対応する形で、さまざまな訳本が誕生。世界の多様な言語を話す人々に、広く聖書を浸透させることに成功している。ALIVE訳も、英語テキストのTMTを日本語に直訳した後、さらにリスタイルする手法を取り入れている。
このようなノウハウは、数多くの聖書訳がある英語圏で培われたてきたもの。「複数の訳を読むことで、疑問があれば他の訳を参照して、より理解を深めることが可能ですし、礼拝のメッセージでも伝えたいテーマに合わせて、適切な言い回しを選択することができます」と、ブランドン牧師は聖書訳の多様化のメリットを話す。
印刷した書物の形ではなく、アプリによる配信にした理由については、この先、書物にすることを視野に入れつつも、「本では手元にあるものしか渡せませんし、印刷した分、経済的な負担は誰かが負うことになります。しかし、アプリをダウンロードする形であれば、手軽に入手できますし、渡すクリスチャンにとっても簡単」と、ネット世代の若者に聖書を伝えることをとことん追求している。
どの聖書訳がベストかという質問に対して、「真理から外れていない限り、それぞれが慣れ親しんで読んでいる聖書訳がベスト」とブランドン牧師は話す。「どの聖書訳を使うべきか?」という質問に対しては、「若い人と年配の人では流行語が違うように、自分に合った訳を適宜選択することを勧めている」と言う。「若い人が読みやすい訳を読んでもらうことによって、聖書への理解が増し、今まで以上に福音を上手に伝えられるようになり、彼らが次の世代の担い手になっていくことでしょう。私たちが聖書を愛すように、日本中の若い世代やクリスチャンでない方が、この訳をきっかけに聖書を愛してくれることを願っています。それが、私たちが信じ、期待していることです」と、ブランドン牧師は目を輝かせて語った。