スティーブ・サックスさんに出会ったのは、昨年末にゴスペルジャズシンガーの戸坂純子さんのアルバム発売記念ライブに伺った時だ。バンドメンバーの中に一人だけクリスチャンがいる、尊敬するクリスチャンの先輩だ、と戸坂さんからお聞きしていた通り、「初めて会ったとは思えない」人とはこういう人か、と思うような親しみのある笑顔であいさつをしてくれたのがスティーブさんだった。
スティーブさんは、米ワシントンDC生れ。ニューヨークで20年以上活動していたサックス&フルート奏者だ。世界40カ国以上で著名な音楽家と共演し、100枚以上のアルバム収録に参加した実績を持つ。ハーバード大卒の音楽理論学者でもあり、演奏活動だけでなく、音楽大学などでの教育活動を通じて、人々に希望と平安を与えている。
ジャズは数ある音楽ジャンルの中でも、ひときわ特徴的なスタイルを持つ。その独特なリズム、共演者同士の掛け合い演奏や即興演奏といった自由な形式が観客を魅了する。
救いに導かれるまで、スティーブさんはキリスト教に強い抵抗感があったという。友人に教会のコンサートに誘われ、ついて行ったものの、教会はつまらない、キリスト教の教えはただのおとぎ話だ。そんなふうに、さまざまな間違った印象を持っていたのだという。そもそもキリスト教はルールに厳しく、自由を大切にするジャズ・ミュージシャンには全く合わない、そう考えていたそうだ。しかし当時、不安と迷いの中にいたスティーブさんは、なんとなくではあったものの、毎週教会に通い始めた。
高校で優等生だったスティーブさんは、1971年、ハーバード大学に入学する。これから始まる学生生活と、将来への期待に胸を膨らませて学生寮に足を踏み入れた。だが、それから24時間もたたないうちに、初めて酒に酔っぱらった。その1カ月後には、経済学のテストで、生まれて初めて落第手前のDの成績をとる。さらに1カ月後、初めてできたガールフレンドとの別れを経験。明るいはずの学生生活が、1年生の前期にして、忘れることのできない真っ暗闇に陥ってしまったのだ 。
人生が悪い方向に進んでいると気づいたスティーブさんは、自力で解決しようと、自分自身に強いプレッシャーをかけ始める。酒は完全にやめ、1年生後期が終わるまでに、経済学でAの成績をもらい、残りの学生生活は音楽活動に本腰を入れた。
こうして心を入れ替えた結果、スティーブさんは大学を最優等生で卒業する。卒業後も努力を続け、ミュージシャンとして成功を収め、素敵な女性と出会い結婚。周囲から見れば、順風満帆、何の問題もなく幸せな人に見えていたことだろう。
しかし、スティーブさんの心の内側には常に戦いがあった。大学在学中に、入院するほどの深刻なうつ病にかかっており、寂しさと絶望に日々苦しめられ続けていたのだ。
特に、ミュージシャンとしての評価が自身のアイデンティティーになっていたスティーブさんは、自分にプレッシャーをかけ過ぎていた。格好良い演奏をし、拍手喝采を浴び、高いギャラをもらうと、気持ちが高まり、「チョー嬉しく」なる。逆に、それらが得られなかったときには、気持ちが落ち込み、心が追い詰められる。
何によっても解決されない行き場のない思いを、妻のせいにして、「別れる」と突然決断を下し、9年間の結婚生活も幕を下ろしてしまう。
その数カ月後に教会に導かれたのだ。ニューヨークにある、ジャズやクラッシックなどのさまざまな音楽家が集うリディーマー教会だった。そこで出会った新しい友人と交わりを持ち、宗教に関するたくさんの書籍を読んだ。反発しつつも神を求める過程の中で、スティーブさんはある日、不思議な体験をする。
教会の友人との会話の中で、「最近の信仰生活はどうか?」と聞かれたスティーブさんは、「実はまだ信じていない」と正直に答えた。すると、その友人がこう言ったのだ。
「自分の信仰が弱まりそうになるとき、イエス・キリストの死体を考えるようにしている。というのは、死んでから3日目に弟子たちが墓に行ったとき、死体はそこになかったのだ。ローマ兵が言いふらしたように、弟子たちが盗んだというのは不可能だから、結局、聖書に書かれている通り、イエス・キリストはよみがえられたとしか考えられないのだ」
その瞬間、スティーブさんは、全身に1万ボルトの電気ショックが走ったような感覚を覚えた。「もしイエス・キリストが本当によみがえられたのなら、これまでの人生が、今までの考え方や生き方が全く変わるはずだ。キリスト教はただのおとぎ話ではなく、真実なのだ」。こうして、スティーブさんはイエス・キリストを信じるに至った。
神の救いを体験したスティーブさんの心はいま、平安と希望で満ちている。今でももちろん、成功だけでなく失敗もするが、「自分は神に愛されている」という絶対的な価値は、どんな状況にも揺るがされることはないという。
相容れないと思っていた自由なジャズと厳しいキリスト教が、実はそうではないことも知ったといい、「わがままと自由は違う」のだとスティーブさんは教えてくれた。ジャズの自由な演奏は、高度な技術と理論に裏打ちされている。真理に根差した自由を語るキリスト教に通じるものがある。
自身のアイデンティティーであったジャズが、今ではイエス・キリストを証するものになった。スティーブさんは「ハイレベルなジャズ」を演奏することにこだわりを持っているが、それは、聞く人々が素晴らしい音楽の中で安らぎを得、神の存在に気づいてほしいという願いがあるからだ。
また、スティーブさんの生き方そのものが、特に教育の現場で大きな影響を与えている。「私は変なアメリカ人でーす」と言うスティーブさんに、「どこが変なのですか」と笑いながら尋ねると、「納豆が好きなところ」と答えてくれる。そんな陽気で明るい、おしゃべり好きな先生がいたら、勉強のことだけではなく、将来のこと、悩みごとも相談したくなるのはうなずける。スティーブさんは現在、音楽大学の学生たちにジャズを教えているが、壇上から理論を語るだけではなく、学生と交わりを持ちながら、同じ目線に立って、演奏の楽しさやミュージシャンとしての生き方を示している。その中から、教会に導かれ、音楽の奉仕を担う学生たちも起こされているという。
日本人の知子さんと出会い、彼女もクリスチャンになって結婚したスティーブさんは、縁あって来日することになったが、これからも日本で暮らしていくつもりだという。数年前に、米国に帰るか日本で暮らすかを夫婦で話し合った。「まだまだクリスチャン人口の少ない日本なのに、2人も減ったら大変だ!」と日本に残ることを決めたそうだ。今回のインタビューも、ご自宅に招いていただき、食事と交わりの時を持ちながらお話しさせていただいたが、心の底から「日本にいてくださって感謝」だと思わされた。
スティーブさんの奏でる音楽を多くの人々が耳にし、その人柄に多くの人々が触れ、たくさんの日本人がスティーブさんのように、イエス・キリストによって人生を180度変えられることを期待している。