聖書に次のような言葉があります。「わたしにとって不思議にたえないことが三つある、いや、四つあって、わたしには悟ることができない。すなわち空を飛ぶはげたかの道、岩の上を這うへびの道、海をはしる舟の道、男の女にあう道がそれである」(箴言30章18、19節)
「男の女にあう道」は不思議にたえない。確かにそうです。
どこでどうこの2人が出会って、結婚に至ったのか、不思議に思うカップルがよくあるものです。
私たち夫婦もその一つです。
私は1994年頃から約7年間、「新宿アルタ前広場」において「路傍伝道(路上ライブ+辻説法)」を20人くらいで毎週土曜日に行っていました。今振り返ると、ただひたすら若かったなあと思います。20代前半ですからね。
真夏のある土曜日、私は湘南の海岸に友達数人と海水浴に行きました。真っ黒に日焼けをして、疲れ切って帰宅した私は、そのまま布団に入ろうと思いましたが、時計を見ると夕方の5時半。「そうだ、まだ路傍伝道に間に合うぞ、すぐに行こう!」と思い立って出かけました。
その日、韓国から約一週間来ていた120人の宣教チームが私たちの路傍伝道に加わってくれました。その宣教チームが新宿駅前で路傍伝道をしようとして場所を探しているとき、偶然私たちを見つけたので、「ぜひ一緒に路傍伝道させてもらえませんか」と加わってこられました。
終了後、「日本のみなさん、大きな宴会場を借り切って夕食をするので、一緒に食事をしませんか? 今日は、一緒に伝道をさせてもらったお礼にごちそうさせてください!」と言ってくれましたので、私たち20人は喜んでついて行きました。
「さあ日本のみなさん、空いている席にお座りください!」と言うので、適当に座りました。そのななめ前に座っていた女性が私の妻になりました。
不思議な出会いです。帰り道、妻が私に文通を申し込んできました。「来年、宣教師として日本に行くので、ぜひ日本の文化や状況を教えてもらえませんか?」
私は、「この住所に手紙を送って下さい」と、所属している教会の住所を教えました。
一ヶ月後に韓国から手紙が届きました。時間をかけて一生懸命書いてくれたのでしょう。心がこもっていました。
それから7カ月間文通をしました。お互いに自己紹介から始まり、「今日、こんな説教をしました」というようなかたい話しかしませんでしたが、なぜかそういう真面目な話に好感を抱いてくれたのか、尊敬の思いと、本人は否定していますが、恋愛感情も徐々に抱いてくれていたのではないかと思います。
7カ月後に彼女は来日し、時々会って食事をしましたが、親しいのに、恋人という感じでもないし、単なる友達でもない関係でした。ある日切り出して聞いてみました。「結婚するかどうかの気持ちを聞かせてほしい!」と答えが返ってきました。いきなりハンマーで頭を叩かれたような衝撃を受けました。
それから、結婚を真剣に考えるようになり、福島断食祈祷院という宿泊しながら祈りに集中できる施設に泊まり込んで、一週間お祈りをしながら深く考えました。結果、これは神様の導きだと確信して、しばらく東北を旅してから帰宅し、彼女にその結果の話を伝えました。
ついにプロポーズをし、結婚の話をするようになりました。当時私は、4カ月後にアメリカ留学をする予定でした。「アメリカの神学校を卒業して帰国してから結婚しましょう」と話していましたが、話が段々エスカレートして、「どうせ結婚するならば、結婚してから2人でアメリカに行こう!」ということになりました。
1カ月後に韓国で婚約式を行い、2カ月後に日本で結婚式を挙げて、4カ月後には2人でアメリカに渡りました。
日韓の国際結婚であることに加えて、新婚であり、さらにアメリカは2人にとって異国の地です。大きな環境の変化にたくさんのストレスを感じました。また、ほとんど恋愛期間を経ないで結婚したので、お互いに相手を深く知らず、ぶつかり合うようなこともありました。しかし、あの時結婚を決断し、一緒に渡米できて良かったと思っています。
現在は、2男2女の4人の子供が与えられ、幸せな家庭を築くことができました。
この結婚は、初めて出会ったあの日、私が海水浴で疲れて、そのまま寝てしまったらありませんでした。また、食事をした時に違う席に着いたとしたら、2人は同じ空間にいたというだけで結婚することはなかったはずです。
私の結婚は、見合い結婚、恋愛結婚、信仰結婚、どれも当てはまると思っています。
あの日、あの場所で彼女と出会えたのは、神様がお見合いをさせて下さったと信じています。だから「見合い結婚」でもあると思います。
しかし、恋愛感情抜きには結婚には至りませんでしたので、「恋愛結婚」でもあったと思います。ただ、大恋愛の末結婚をしたカップルが、離婚に至ったというケースをたくさん知っています。恋は愛に変わらなかったら、いつか終わる日が来るのです。私たちは、たくさんの痛みを経験しましたが、恋が愛に変わり、結婚生活が祝福されました。
何より、私が結婚に踏み切った最大の要因は、断食をしてまでも神様に祈り、神様と1対1でじっくりと話し合い、考えた結果の決断だったからです。だから、信仰によって決断した結婚なので、「信仰結婚」ということもできます。
私は、「結婚するか結婚しないか」の明確な答えが出るまで祈り続けようと決めていました。数日後、突然、次の聖句が幻のように私に迫ってきました。
「ふたりはひとりよりもまさっている。ふたりが労苦すれば、良い報いがあるからだ。どちらかが倒れるとき、ひとりがその仲間を起こす。倒れても起こす者のいないひとりぼっちの人はかわいそうだ。また、ふたりがいっしょに寝ると暖かいが、ひとりでは、どうして暖かくなろう。もしひとりなら、打ち負かされても、ふたりなら立ち向かえる。三つ撚りの糸は簡単には切れない」(伝道者の書4章9~12節)
特に、「三つ撚りの糸は簡単には切れない」という言葉が、立体的なビジュアルで私の目の前に迫ってくるのが見えました。こんな体験、そうそうできるものではありません。私は驚きながらも、これが神様からの答えだと確信しました。その確信は今も消えることがないばかりか、ますます深まっています。
三つ撚りの糸とは、①私、②妻、③神様の三者が、糸のように撚り込まれた結婚生活を指します。当初は、私と妻だけの二つ撚りの糸となろうとしていましたが、うまくいきませんでした。しかし、私と妻の間に神様が入って下さってからは、夫婦関係が大きく変えられました。そして、ちょうどその頃、長女が妊娠しました。
私の馴れ初めの話は以上にしたいと思いますが、私は、結婚とは「お見合い結婚」「恋愛結婚」「信仰結婚」の3つの要素が含まれているのが理想だと思います。
男女が結婚に至る出会いは、本当に不思議だなあと思います。
「わたしにとって不思議にたえないことは、……男の女にあう道……である」(箴言30章19節)
これは旧約聖書の言葉ですが、新約聖書ではイエス様自らが、「わたしは道であり、真理であり、命である」(ヨハネの福音書14章6節)と言われました。神様こそが仲人であり、見えない糸を引いておられて、偶然に出会ったのではなく、お見合いをさせて下さっていると信じます。私は、すべての結婚は神様による「見合い結婚」だと思います。
しかし、「恋愛結婚」の要素は大切です。出会っても、お互いに惹かれ合わなければ結婚に至ることはありません。
これから結婚をする人は、お互いに惹かれあうためにひと工夫は必要です。まずは、良い相手を探そうとするよりも、自分を磨くことに力を入れて下さい。どう磨いたらいいでしょうか。
①間違った男女関係を持たないで、性を聖く保って下さい。童貞、処女は恥ずかしいことではありません。むしろ、結婚までそれを保ってパートナーに捧げることこそが尊いことだと思います。
②精神的・経済的に自立した生活をして下さい。自立ができていない2人が結婚をしたら、お互いに寄りかかり合って共依存関係になり、結婚が重荷となって大変なことになります。
③自分の使命を明確にし、その使命に向かって生きて下さい。あなたの瞳の輝きは、魅力的であり、相手を強く惹きつけます。
④健全なセルフイメージを持って生きて下さい。健全なセルフイメージが、健全な人間関係を持たせます。健全なセルフイメージとは、神の目に映る自分を自分の自己像とすることです。低いセルフイメージとは、神が「あなたは高価で尊い」と言われるのに、「私はダメだ」と考えることです。高いセルフイメージとは、思い上がって、傲慢にも自分をスーパースターかヒーローか何かと勘違いしていることです。
⑤髪型を整え、清潔な身なりを保ち、明るく自信を持ち、自然体で生きることがあなたの魅力を一番引き出してくれるはずです。
人は、自分と同じレベルの異性と出会い、結婚するのです。自分を変えないで、良い人に出会おうとガンバっても、所詮、結婚して気づくのは、自分と同じレベルか、それ以下というのが関の山です。
自分を磨くならば成長し、成長した自分と同じレベルの人と出会い、お互いに惹かれ合って結婚に至るのです。
結婚は信仰によって決断すると間違いがありません。「信仰結婚」をオススメしたいと思います。同棲をしたり、婚前交渉をしたら、正しい決断をする前に2人は2枚の紙が糊付けされてしまうように接着され、別れたらお互いのそれぞれ一部分がやぶれ合って深く傷つきます。子供ができたら、それで「でき婚」「おめでた婚」に進んでうまくいくカップルもありますが、現実はそう甘くはありません。もし性関係で結ばれていなければ結婚しなかっただろう2人が、仕方なく結婚するのです。そこには無理があるのではないでしょうか。
婚前交渉をしなければ、相手を客観的に見ることができます。
「この人は生涯一緒に生きていくのにふさわしい人かどうか」を自分で考え、親や兄弟や友人に相談し、決断は、神様から「GOサイン」が出てからです。
結婚関係がうまくいかないカップルの多くは、結婚前に同棲をしたり、婚前交渉を持っています。軽々しく性関係を結ぶ相手を信じられるでしょうか。「この人は、他の異性ともこういう関係を簡単に持つかもしれない」と考えて疑い深くなります。相手を信じられない夫婦は、幸せとかけ離れています。
「この人は一生連れ添う相手としてふさわしいか」を神様に祈って聞き、相手をよく観察し、吟味して下さい。
イギリスの神学者のトーマス・フラー(1608~61)は、「結婚前には両目を大きく開いて見よ。結婚してからは片目を閉じよ」と言いました。「結婚を決断する前には、長所と短所もよく見て判断し、結婚した後には、長所をよく見て、短所には目をつぶりなさい」という意味です。
結婚相手の選択を誤ったり、結婚生活がうまくいかない理由は、これを逆にしている可能性があります。
結婚前は片目をつぶってポーっとなって相手の長所だけを見て、結婚後は「えっ!?こんな人だったの?」とびっくりして両目を大きく開けて相手の短所に目を向け、慌ててその短所を変えさせようとします。しかし、変えさせようとする相手も反撃に転じるはずです。こちらを変えさせようとしてきますで、夫婦喧嘩が絶えなくなり、関係がうまくいきません。
キリスト教の結婚式では、互いに次の成約をし合います。
「あなたは、健康なときも、そうでないときも、この人を愛し、この人を敬い、この人を慰め、この人を助け、その命の限り、かたく節操を守ることを誓いますか」
これは、文字通り健康な時も、病気の時も変わらない愛で愛し続けることですが、さらに、後で相手の短所に気がついたとしても、それを大目に見て、変わらない愛で相手を愛し、敬い、慰め、助け、相手が生きていくことが大切です。また、「かたく節操を守る」とは、他の異性に思いを移さないことと、貞操を守ることです。
そのような愛が夫婦の中になければ、どうやって自分の全てを見せ合えるのでしょうか。本当の自分を知られたら嫌われてしまうという恐れがあったら、家庭はホッとする場所にはなりません。
今、「間違った結婚をしてしまった!?」と思って悩んでいる方がいたら、今からでも遅くありません。上記の成約を行ってみませんか。必ず夫婦関係は改善され、幸せな家庭を築くことができるはずです。
ただ、「どうしても結婚関係を続けることができません!」という人に離婚を反対することはしません。
相手に以下の理由があるならば、離婚はやむを得ないこともあります。
①DV
②不倫・不貞
③働かない
④酒乱
逆に言えば、これらの問題がなければ、離婚を考えることを思い直して、結婚生活の修復と改善に努めてください。私は、結婚生活の危機に何度も直面しましたが、その都度、神様の助けによって守られました。
私が行ってきた結婚関係の修復方法を分かち合います。
①神に助けを求めて祈ること。
②自分の「こうあるべき!」という価値観をすべて外して、相手をそのまま受け入れること。
③三つ撚りの糸として、夫婦関係の中に神様に入って頂いて、三者が三位一体の三色の糸のように撚り込まれることです。
最後に、現在婚活中の人にお話したいと思います。
先日、こんな事件がありました。無職の宮崎凡子容疑者(39)は、婚活パーティーで知り合った男性を昏睡させ、高級腕時計(132万円相当の「ロレックスの腕時計2個」)を買わせて、それを奪い、「昏睡強盗容疑」で逮捕されました。
私は、お見合いクラブや婚活パーティーを否定するつもりはありません。むしろ、じっと結婚相手を待っているくらいならば、積極的に行動した方が確実に結婚できるのではないかと思います。
しかし同時に、お見合いクラブや婚活パーティーには注意が必要です。そこそこの年齢まで独身でいた人は、何か「訳あり」の可能性があります。
トーマス・フラーが「結婚前には両目を大きく開いて見よ」と言うように、よく吟味してください。
また、パートナーと死別し、再婚相手を探している人は、「訳あり」に該当しないかも知れませんが、相手に子供がいるとすれば、それも簡単な問題ではありません。
最低限吟味すべきことは、
①精神的に健全であるか?
②肉体的に健康であるか?
③どんな職業か?
④年収はいくらか?
できるだけ多くの情報を得てください。
そして、神様に祈り、神様と相談しながら結婚を考え、最終的に神様からの「GOサイン」を待って結婚に踏み切るならば、絶対に間違った結婚をすることはありません。
しかし一歩手遅れで、「間違った結婚をしてしまった!」と後悔している人がいたら、きっと、相手もあなたと同じように考えているものです。お互い様です。そして、結婚は契約、つまり、契(ちぎり)であることを忘れないでください。
もし離婚をするならば、一生独身でいる覚悟で決断するか、「今以上に良い相手に巡り合うことは難しい」と考えてください。
私は、何人もの人から、「もっといい人と再婚をしようと考えて再婚してみたら、前の相手よりもはるかに悪かった! 前の相手ともう一度復縁したい!」という話を聞きました。
ある意味、結婚後にはあきらめが必要だと思います。自分に死んで、結婚生活の修復に命を懸けていると、結婚関係が不幸だった人ほど、幸せな家庭を築けるものだと信じます。
聖書は、マイナスがプラスに変わることをはっきりと教えます。
「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを私たちは知っています」(ローマ人への手紙8章28節)
もしあなたが社会的な意味で成功者であったとしても、結婚生活に失敗したならば、私は成功者とは思いません。しかし、あなたの人生が思うように行っていなかったとしても、幸せな家庭を築いているとしたら、あなたは成功者だと思います。
結婚に成功し、幸せな家庭を築けたら、人生のほとんどすべてが幸せです。しかし、結婚に失敗し、家庭が破綻しているとしたら、人生のほとんどが不幸です。
浮気・不倫、酒、ギャンブル、様々な快楽に溺れる人は、実は幸せではないのです。不幸を埋め合わすために、それらの代用品で自分を慰め、満たしているに過ぎません。
しかし、心が満たされないで苦しんで生きているあなたに朗報があります。
あなたが神様と出会い、神様で心を満たすならば、そんな代用品を使わなくても、完全にあなたの心は満たされます。
時々、家庭がうまくいかないで、教会での信仰生活に夢中になる人がいます。私は、その人の向かう方向は正しいと思います。信仰は宗教とは違います。神と出会い、その人生が満たされ、変えられるのです。
やがて結婚生活が変えられ、幸せな家庭を築き、結婚に成功するようになり、人生の勝利者、成功者になります。
神様と出会うことをあなたにオススメして、今日の「結婚」についてのお話を終わりにしたいと思います。
神様の祝福がありますように。
◇
菅野直基(かんの・なおき)
1971年東京都生まれ。新宿福興教会牧師。子ども公園伝道、路傍伝道、ホームレス救済伝道、買売春レスキュー・ミッション等、地域に根ざした宣教活動や、海外や国内での巡回伝道、各種聖会での讃美リードや奏楽、日本の津々浦々での冠婚葬祭の司式等、幅広く奉仕している。日本民族総福音化運動協議会理事。
■外部リンク:
新宿福興教会ホームページ
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