「よみがえりの祈祷館」完成目指して
当初「よみがえりの里」の建設地は、都会よりも田畑や山林のある田舎の方がいいと思いました。水も空気もきれいな山里で、鶏や山羊を飼いながら暮らせる施設にしたい。そんな環境の中で、身も心もボロ雑巾のように弱り果ててしまった人々が、キリストの復活の力によって生まれ変わる。そして、祈りと賛美と御言葉によって魂が養われ、成長したクリスチャンとなり、社会復帰していく・・・。私の夢は広がっていきました。
そこで、長野県方面で1万5000坪くらいの土地を借りて、施設を作ろうと考えました。建築費は、献金を募っていけば何とかなる。まずは、土地借り入れ助成金をもらうため、東京都庁に出向いて交渉しました。その後、静岡県伊豆半島の熱川に土地80坪を入手できたので、3階建ての施設を作るつもりでした。
ところが、思ってもみなかったのですが、山谷の人たちは熱川に移るのは反対でした。一部の労働運動家は、「森本牧師は、我々をこの土地から追い出して、山奥にまとめて移そうとしている。森本を追い出せ」と煽動し始めました。私のことを誹謗中傷するビラが、あちこちの電柱等に貼り出されています。それも、書くも書いたり。「大悪党、森本牧師を殺せ!」とは。
私もさすがに―主よーっ―と祈らずにいられなくなりました。
―この悪魔、サタン!ナザレ人イエスの名によって出て行けっ!―と大声で命じ、教会前のシャッターに貼り出されたビラをバリバリと破り捨てました。後で考えると、記念に取っておけば良かったと思います。しかし、イエス様はその時、「サタンのなすがままに任せよ」と仰いました。そうなのです。雨が降れば、電柱のビラもはがれてしまうでしょう。わざわざはがすまでもありません。結局、何事もなく過ぎ去っていきました。
山谷で暮らしている人は、長い人で38年から58年くらいにも及びます。最も多いのは5、6年から十数年という人でしょう。皆、どんなに飢えようと病もうと「住めば都」で、住み慣れた山谷を離れたくない。この町で死にたいと思っているのです。私にもその気持ちはよく分かります。
こうして、計画は二転三転して、山谷に建てる方向へと導かれました。当初、施設の名称は「よみがえりの里」にするつもりでした。で、都会に建てるのだからもっと相応しい名を、と祈り求めていたら、「よみがえりの祈祷館」という名が与えられました。
しかし、山谷の周辺は地価が高いため、手持ち資金ではわずかな土地しか入手できそうもありません。収容能力に限界が出てくるし、数百人の人たちが常時出入りするスペースを確保するのは難しいことが分かりました。
あちらを立てれば、こちらが立たず。にっちもさっちもいかなくなった私は、91年2月にクリスチャンの参議院議員に面会し、相談に乗ってもらいました。その日、議員会館の食堂で昼食をとっている時、目の前で議員たちが20人ほど談笑しながら、箸やフォークを動かしていました。何とも、のどかです。
それを見ているうちに、反射的に飢えに苦しむ山谷の人々の姿が浮かんできて、突然心が燃え上がる中、神様は語りなさいと命じられました。すっくと立ち上がった私は、夢中でテーブルを叩いて叫んでしまいました。
「国会議員の資格は、どういう方があるとお思いですかっ!国民の下々の生活をよく見て、よく聞いて、よく知ってから・・・」
一瞬、議員たちはびくっとしたらしい。手と口の動きがピタッと止まりました(ああっ、ここがどこだと思っているのか。私は・・・)。
我に返ると同時に、恥ずかしくなって、顔を隠すつもりで、かぶっていたベレー帽をずり下げて、小さくなって着席しました。しかし議員たちは、心に何らかの衝撃を受けたらしく、帰り際に立ち上がって、一人一人尊敬の気持ちを込めて会釈をしてくれました。
東京都庁にも出向いて、相談に乗ってもらいました。都では、地代と建設費とで10億円を見込んで、その4分の3の7億5000万円を助成してくれるという。それだけあれば、山谷周辺でもかなり広い土地が入手できます。さらに、年間運営費も助成するので、残りの2億5000万円は私が準備するようにとのことです。ただし、社会福祉法人の肩書が付くことになるので、運営については毎年の監査も厳しく、宗教活動は一切できなくなることも分かりました。
これでは、どんなに立派な建物ができても、神様の御心に反する。まず第一に人々の魂を救う働きができなければ、ただの慈善事業になってしまい、神様はお喜びになりません。
私は、慈善事業をやるつもりはありません。もちろん、慈善事業家の中にも、立派な人は大勢いるでしょう。でも、えてして初心を忘れ、「私がやっているのだ」と、自分を見せ付けるようになり、傲慢になっていき、神様の栄光を横取りする結果になりがちです。そういう偽善者は大嫌いです。私は、どんなに財政的に苦しくても初志を貫き、キリストの精神一本で進むしかないと思い、公的助成は辞退しました。
しかしそうなると、計画は振り出しに戻ったわけで、具体的な目処は立たなくなりました。またまた暗礁に乗り上げた格好です。
私は、その頃64歳になろうとしていました。ぐずぐずしてはいられません。
しかし神様は、御手を休めておられたわけではなく、着々と歩みを進めておられました。それは、93年12月29日、私が64歳の誕生日を迎えた翌月、突然の電話で始まりました。私は年に数回、ある会社にメッセージとお祈りの奉仕に招かれます。その経営者、Mさんからの電話でした。
世の中はバブル経済が崩壊し、一転して不況となり、企業の人員整理や倒産のニュースが珍しくありませんでした。ところが、その会社は祝福され増収増益となったといいます。それで、「よみがえりの祈祷館」建設のために献金して下さるというのです。
「森本先生は、伝道だけしていて下さい。お金は心配なさらずに。私は、先生の祈りに励まされています」
Mさんは、喜びと感謝を込めて仰るのでした。元旦早々、振り込まれたその献金額は、一桁違うのではないかと思うほど多かったのです。この献金と、これまで蓄えてきた建設準備金とを合わせると、山谷周辺でまとまった土地が買える。それを思う度に、嬉し涙が止まらなかったです。
一年の計は、元旦にあり。全能の主に期待し、奇跡を待ち望むならそれは実現します。聖霊によってイエス様を身籠ったマリアは、天使から「恵まれた女よ」と言われました。神の子の母として選ばれたのだから、確かに世界一恵まれた女性と言っていいでしょう。マリアは、そのことへの感謝と喜びを込めて神を賛美しました。
私もまた、自分が世界一恵まれた女と言われているような気がしました。神がこの卑しいはしためを顧みて下さり、山谷伝道のビジョンを推し進めて下さるのですから。そのことへの感謝と喜びを込めて、私もまた、マリアのように神を賛美しました。主の御心がなりますように、と。
山谷伝道を支援し、「よみがえりの祈祷館」建設を推進するための「愛の隣人運動後援会」も発足。多くの方々から、愛のご支援をいただくことになりました。
北千住の教会は小さいですが、ステンドグラスは格別に心を込めて作ってもらいました。5つの窓と講壇正面、2階正面に聖書にちなんだデザインを配しています。ある晩、この教会で祈祷会が始まる前、一人の中年男性が会堂をじいっと見つめていました。中に招き入れると、その人は言いました。
「いつもの道と違う道を通って帰る途中でした。この教会のステンドグラスがあまりにも美しいので、近寄って見とれていたんです」
その人は、次の日曜礼拝にも来ました。聞けば5つもの会社の取締役をしていたそうですが、折からの不況のあおりで倒産。転職して北千住に移り住むようになったとのことです。教会に何度か通ったことがあるらしいです。不動産取引の資格も持っているというから驚きました。神様は、「よみがえりの祈祷館」具体化のために、相応しい人を連れてきて下さったのです。早速、山谷周辺の売地について、何カ所か調べて下さいました。
住宅が少なく公園が近い場所を、と具体的に祈り求めていくと、公園と小学校の校庭に接した願い通りの土地が見つかりました。台東区東浅草の「吉原大門」というバス停前です。
まず、95年11月に25坪を取得。折りしもバブル経済崩壊後で、地価は3分の1に下落していました。さらに、97年6月に隣接の25坪を取得。設計図も出来上がりました。7階建てです。1階は浴場、食堂、管理人室、洗濯室。2、3階は500人収容の礼拝堂。4、5階は働けなくなった病人や老人の居室、医務室、身障者の作業室、自立のための職業訓練室、ボランティアやスタッフの部屋。6階は牧師室。7階は展望ラウンジと庭園。
ところが、ホームレスの人たちの施設が建つと知った地元の住民は、建設反対のビラを町中に貼り巡らし、2700名の署名を集めました。「ホームレスの人は汚い、怖い」という先入観がそうさせたのです。この問題について、区役所で住民との対話集会を2回行いました。その席で私は住民の理解と協力を求めて、次のように話しました。
「私は、95年にノルウェーのオスロにあるアルコールや麻薬中毒患者の更生施設に招かれて講演しました。そこは8万坪もの広さで、『さすが福祉国家よ』と脱帽したくなるほどでした。国や県、州、市が、飢えた人や病人を一人も出さないように尽力しており、町の人々も社会的弱者に援助の手を伸べる豊かな心を持っています」
「一方、経済大国日本では、このところ凶悪な青少年犯罪が増加しています。これは家庭教育、学校教育、社会教育の崩壊が原因で、その責任は我々大人にあります。その根を探ると、弱者を無視、軽視し、自分だけ良ければいい、というエゴイズムに突き当たります。その一つが、ホームレスの人々を汚い、怖いと決め付け、排除しようとする態度となって現れるのではないでしょうか」
住民たちは黙ってしまいました。私はさらに続けました。
「27年前に私が山谷伝道を始めた時、商店街で、昼間から酔っ払った労働者が血だらけになって喧嘩をしており、地元の人たちは通行できず、買い物でもわざわざ隣の町にまで出掛けていくような有り様でした。私は、そのような、最早自分で這い上がることのできない人々を、キリストの愛によって救うため、命を懸けようと決心したのです。当時、警察官だった方が転勤なさり、最近警察署長として再び赴任してこられて、私にこう仰いました。『いやー森本先生、まだやってるんですか。長いことやってますね。僕はまたこちらに来たんですが、いや、びっくりしましたよ。人が変わり、町が変わりましたねぇ。昔のように昼間から酔っ払って喧嘩している人なんか、いなくなりましたからね』」
「署長さんの第一印象の通り、これほど町中が変わりました。山谷の路上で暮らす人たちは、お金を与えても救えません。ただキリストを信じる時に、新しい命、新しい力がよみがえるんです。そのために私は、これまで以上に命を懸けて尽くします。皆様も、この町を、この社会を良くするためにご協力下さい」
「病気や様々な悩みを抱えておられる方は、どうぞ『よみがえりの祈祷館』においで下さい。キリストを信じれば、全て解決できます。この建物は私が建てるのではなく、天地を創造された真の神が私に命じられたことであり、私はその天の声に従うだけです」
日本人は、苦しい時に神頼みをします。それは、天の神がおられて聞いて下さると知っているからです。この神様が町内会の人々に働き掛け、その頑なな心を少しずつ変えて下さいました。話し合う中で、一同納得して下さり、最も強硬に反対していた人が、「これから期待していますから、宜しく」と仰いました。
こうして、97年8月27日に定礎式を行い、98年3月の完成を目指すことになりました。
対話集会の前に、―神様。この時をどうぞ伝道の時として下さい―と祈りましたが、今後とも町内会の人々が救われるように祈っています。
「祈らば成る。成らぬは人の祈らぬなりけり」
ただ死に至るまで主に忠実に従っていくなら、「銀はわがもの、金もわがもの」(ハガイ2・8、文語訳)と仰る神は、必要経費も全て満たして下さるのです。そのような神の奇跡の中に、私たちは生かされています。(続く)
森本春子(もりもと・はるこ)牧師の年譜
1929年 熊本県に生まれる。
1934年 福岡で再婚していた前父の養女となる。この頃、初めて教会学校に通い出す。
1944年 福岡高等簿記専門学校卒業。義母の故郷・釜山(韓国)に疎開。
1947年 1人暮らしを始め、行商生活に。
1947年 王継曽と結婚。ソウルに住み、三男二女の母となる。
1953年 朝鮮戦争終息後、孤児たちに炊出しを続け、17人を育てる。
1968年 ソウルに夫を残し、五児を連れて日本に帰る。
1969年 脳卒中で倒れた夫を日本に連れ帰る。夫を介護しながら日本聖書神学校入学。
1972年 同校卒業、善隣キリスト教会伝道師となる。山谷(東京都台東区)で、独立自給伝道を開始する。
1974年 夫の王継曽召天。
1977年 徳野次夫と再婚。広島平和教会と付属神学校と、山谷の教会を兼牧指導。
1978年 山谷に、聖川基督福音教会を献堂。
1979年 この頃から、カナダ、アメリカ、ドイツ、韓国、台湾、中国、ノルウェーなどに宣教。
1980年 北千住(東京都足立区)に、聖愛基督福音教会を献堂。
1992年 NHK総合テレビで山谷伝道を放映。「ロサンゼルス・タイムズ」「ノルウェー・タイムズ」等で報道され、欧米ほか150カ国でテレビ放映。
1994年 「シチズン・オブ・ザ・イヤー賞」受賞。
1998年 「よみがえりの祈祷館」献堂。
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