人々の魂を揺り動かしたテレビ放映
長い間、山谷伝道のことを知る人は少なく、献品も乏しかったです。私は、冬の最中に野宿している人たちの顔が次々と目の前に浮かんでくる度、居ても立ってもいられませんでした。
―神様。野宿しながら集会に来る人は100人、200人と増える一方です。△△のおじいちゃんは、凍え死にそうです。○○さんは、神経痛とリューマチの痛みを訴えていて、この冬を越すのが大変なんです。どうか毛布や暖かい衣類を早く送って下さい―
祈ると、神様はこんな知恵を下さいました。
―山谷伝道の趣旨を記したクリスマスカードを、関東近辺の教会に送って、献品の協力をお願いしなさい―
その通りにしたら、たくさんの協力がいただけました。神様は無から有を生み出し、事を成就されるお方です。
1990年になって、「ハーベスト・タイム」(キリスト教テレビ番組)から出演を依頼されました。それを皮切りに、「ライフ・ライン」(同上)、兵庫県芦屋市のケーブルテレビ局等の取材が続きました。それによって、この教会の働きが、全国の教会やクリスチャンの方々に覚えていただけるようになりました。
同時に全国から衣類、毛布、食料等の献品が届き始めました。感激の連続です。毎日毎日喜びが湧いてきて、それが奉仕の力となりました。まさに「主を喜ぶことはあなたがたの力です」(ネヘミヤ8・10)。
しばらくすると、献品の動きが尻切れトンボのように立ち消えていくかに見えました。そんな91年12月、NHK総合テレビのディレクター、稲葉寛夫さんが突然取材に見えました。一日がかりで、これまでの証しを語ると、「先生。もう一日話を聞かせて下さい」と言います。よほど興味が掻き立てられたらしいのです。結局、3日間かけて話しました。
クリスチャンの稲葉さんは、「先生。実は私、先生のお話を伺ってからショックで眠れなかったんです」と言いました。それ以来、来る日も来る日も、朝から晩まで密着ビデオ撮影が続きました。超多忙のクリスマス時でもあったし、さすがの私もへとへとになりそうでした。
年末年始には例年、群馬県の山中にあるキリスト教修養施設「バイブル・ホーム」で断食祈祷に集中することにしていました。いくらなんでも、そこまではテレビ局も取材には来ないだろうと思い、内心ほっとしていました。ところが稲葉さんは、「それでは、私たちもお供させていただきます」と来ました。もう逃げようがありません。結局、この取材は翌年1月まで、丸2カ月間続きました。
その間、カメラマン、照明係を含め、5、6人のスタッフは、集会後のうどん給食の奉仕手順まですっかり呑み込んでしまい、喜んで手伝ってくれるようになりました。しまいには会堂前の道路掃除や食器洗いまでして下さいました。
このドキュメンタリー番組は、92年2月6日放映のNHK総合テレビ「プライム10」で「再出発の冬―東京・山谷の小さな教会」と題して、夜10時から45分間、全国放映されました。
さあ、それからが一騒動でした。番組終了直後から夜中まで、牧師館を兼ねている北千住の教会の電話は鳴りっ放しでした。番組を見た方々が、感動冷めやらぬ様子で感想を語り、協力を申し出て下さいました。
翌朝、顔を洗おうとすると電話が鳴り出しました。話し終えて受話器を置いた途端、間髪入れず再び鳴り、話し終えて受話器を置いた途端、さらに鳴る。私は電話の応対に専念し、主人が朝食を用意してくれました。朝食を食べようとして、箸を取り上げた瞬間、またもや電話が鳴り出し、トイレに立つ間もなく鳴り出し・・・・・・。こんな風に書いていたら切りがありません。その日一日だけで、108人もの方々から電話をいただいたのでした。
夕方、NHKの稲葉ディレクターからも電話をいただきました。聞けばNHKにも、視聴者からの電話が我が家の何倍もかかってきて、スタッフはきりきり舞いさせられたといいます。おいおいと泣きながら電話を寄越した男性もいたそうで、視聴率は過去最高となりました。
NHKには番組モニターの方々が全国におり、感想を寄せてくれます。これは原則として公開しないのですが、特別にNHKのお許しをいただいて、その一部をご紹介します。
無神論者を標榜してきた人は、「私は、あそこに神を見ました」と記しています。
「いわゆるキリスト教の枠にとどまらず、あらゆる宗教の原点である神の愛が分かった気がします」と書いてくれた人もいました。
「私の婚約者は、キリスト教をすごくけなします。でも彼は先生のテレビを見た途端、私に謝りました。『イエス様を悪く言ってごめん。これからは、僕もイエス様を信じて洗礼を受けるよ』と言ってくれました」
これは、あるクリスチャンの女性からの手紙です。ほかにも何人もの方が、洗礼を受ける決心がついた、との手紙を下さいました。愛媛県のある中学校で、3年生を担当する女教師の方からは、このビデオを道徳の時間に使ったとのお便りをいただきました。生徒たちの寄せた感想のごく一部を紹介しましょう。
「人間の弱さ、孤独、社会の厳しさ、自分自身との辛い闘い、そして人間の繋がりと温かさ、愛を知りました。・・・・・・あの人たちは、毎日が闘いなんだということを知りました」
「森本牧師さんは、すごい人だと思った。教会を作るためにわざわざ借金をしてスナックを買い取り、改造して、仕事のない人に食べ物を配る毎日・・・・・・。そんなことをしても、牧師さんには少しのお金も入っては来ないのに・・・・・・。けれど、お金の代わりに労働者の心は入って来るんだ」
「山谷に住む人々も、森本牧師さんのように、どうしてその人々を助けてあげようとしないのか、とても不思議です。・・・・・・この人たちは、私たちよりももっともっと頑張って今生きていると思えるからです。そうでなければ、あんなに苦しい生活には耐えていけないでしょう」
「日本はどんどん豊かになってきているけど、その逆に今、人々は温かい心を失いつつあるのだと思います。・・・・・・今の私には何をする力もないかも知れないけれど、でも、何かの役に立つことをしたい思いでいっぱいです」
「心を、愛を、与えることを使命として、毎日を生きてらっしゃる森本先生の姿に、強く心打たれた生徒たち。・・・・・・森本先生の愛を受けて、さらに大きな愛という人々の心が先生のもとに集まってくるのですね」
担任の女教師の方もこう書き添えて下さり、生徒たちが、他のクラスにも呼び掛けて集めた募金を送って下さいました。
私と稲葉ディレクターは、この番組放映に際し、心を一つにしてこう祈りました。
―神様。全国でこの番組を見る一人一人の魂を全て捕らえ揺り動かして下さい―
祈った通りの結果が表れたのでした。番組の反響は日本国内にとどまらず、海外へと波及しました。間もなく、米国の新聞『ロサンゼルス・タイムズ』の取材を受け、同市のケーブルテレビ局は、取材陣を山谷まで送り込んできました。その番組は、全米に放送網を持つテレビ局CNNや、ABCニュースでも放映されました。さらに、それをNHKが衛星放送で流しました。
娘の恵蔘はその頃、主人の仕事の関係でロサンゼルスに住んでおり、国際電話をかけて寄越しました。
「何気なくテレビのチャンネルを回した途端、ママが出て来たのよ。新聞にも大きく出てたわ。一体どうやって宣伝したの」
「ちょっと待ってよ。私が何を宣伝する必要があるの」
私は山谷伝道を始めて以来、宣伝したことは一度もありません。自分のやっていることを、これ見よがしに吹聴して名声を得ようとしたがるのは、偽善者のやることだと思います。私はただ、山谷と北千住の教会奉仕に脇目もふらず、命を懸けてきただけなのです。
翌93年には日本テレビ、TBS、フジテレビ、テレビ朝日にもそれぞれ3回、4回と出演しました。その反響も大きく、新興宗教の信者さんまでが、「本当の神様を知った」と言って教会に通うようになったと聞きます。
「わたし(神)がおこなえば、だれが、これをとどめることができよう」(イザヤ43・13)
『女性セブン』という週刊誌からも取材申し込みを受けました。私はそんな雑誌を一度も見たことがないので、「ご辞退させていただきます」と即座に断りました。すると主人が、側からこう口添えしました。
「一週間に何十万部も売れてる雑誌だよ。キリストの栄光のためなんだから、お受けしたらいいじゃないか。『恥は我がもの、栄光は主のもの』と言うでしょう」
見本誌を見ると、表紙には今上天皇、皇后、雅子妃などの写真がデカデカと載っているし、グラビアのカラー写真にも、これでもか、これでもかと言わんばかりに登場しています。よくよく考えてみると、私たちクリスチャンは皇族方とは比べ物にならないくらいです。何しろ、キリストの花嫁なのですから。よしっ、取材を受けよう、ということになりました。
テレビや週刊誌に登場して以来、伝道がやりやすくなりました。
ある冬の夜、JR小岩駅前の道端で、お年寄りが薄汚れた毛布をかぶって、ガタガタ震えていました。私は見過ごしにできず、近くの「ほかほか弁当」の店に走りました。
「すみません。弁当の一番大きいのを、大盛でお願いします」
「あらっ、あなたテレビに出たでしょう。まぁー、お会いできて嬉しい!もうお代はいいです、いいです」
いろいろなお店で、こんなやり取りが生まれました。タクシーに乗ると、運転手さんはバックミラーに映った私の姿を見てこう言います。
「あっ、奥さん。あなたテレビに出たでしょう」
「まぁー、よく覚えていて下さいました。でもテレビでは、随分おばあさんに映ってたでしょ。実物の方が若いんですから」
私は調子に乗って、牧師根性丸出しで、車中で一生懸命伝道しました。
「車の運転のお仕事は危険が伴います。どのような危険の中にも、助けて下さるのはイエス様以外にありません。イエス様を信じなさい。永遠の生命をいただいて、神様とともに永遠に生きることができるんですよ。聖書を読めば、今まで知らされていなかった天国のことが分かります」
タクシーを降りる時、運賃を支払おうとしたら、運転手さんは首を横に振って言いました。
「いや、いいんです。こんな素晴らしい話を聞かせていただいたんですから、要りません」
こういうことは、韓国でタクシーに乗った時にも3回経験しました。時が良くても悪くても、伝道するなら必ず祝福があります。(続く)
森本春子(もりもと・はるこ)牧師の年譜
1929年 熊本県に生まれる。
1934年 福岡で再婚していた前父の養女となる。この頃、初めて教会学校に通い出す。
1944年 福岡高等簿記専門学校卒業。義母の故郷・釜山(韓国)に疎開。
1947年 1人暮らしを始め、行商生活に。
1947年 王継曽と結婚。ソウルに住み、三男二女の母となる。
1953年 朝鮮戦争終息後、孤児たちに炊出しを続け、17人を育てる。
1968年 ソウルに夫を残し、五児を連れて日本に帰る。
1969年 脳卒中で倒れた夫を日本に連れ帰る。夫を介護しながら日本聖書神学校入学。
1972年 同校卒業、善隣キリスト教会伝道師となる。山谷(東京都台東区)で、独立自給伝道を開始する。
1974年 夫の王継曽召天。
1977年 徳野次夫と再婚。広島平和教会と付属神学校と、山谷の教会を兼牧指導。
1978年 山谷に、聖川基督福音教会を献堂。
1979年 この頃から、カナダ、アメリカ、ドイツ、韓国、台湾、中国、ノルウェーなどに宣教。
1980年 北千住(東京都足立区)に、聖愛基督福音教会を献堂。
1992年 NHK総合テレビで山谷伝道を放映。「ロサンゼルス・タイムズ」「ノルウェー・タイムズ」等で報道され、欧米ほか150カ国でテレビ放映。
1994年 「シチズン・オブ・ザ・イヤー賞」受賞。
1998年 「よみがえりの祈祷館」献堂。
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