人命尊重はどこに行った
ホームレスの人々にとって、夏の酷暑もさることながら、冬の厳しい寒さはそれにも勝って辛いものです。雪のちらつく夜、商店街の軒下に段ボールを敷いて、毛布をまとって寝ようとしても、ガッガッと震えが来てとても眠れるものではないといいます。
翌朝、店主がそんな彼らを見つけると、バケツで水をかけるのです。まるで野良犬を追い払うかのように。路上で暮らしているというだけで、毛嫌いされるのです。心までが凍りつく思いで、一段と激しく襲ってくる震えに耐えながら立ち去るしかありません。朝になって、隣に寝ていた仲間を起こそうとしたら既に凍死していた、という話も珍しくないのです。
私は、世に問いたいです。貧しさは、罪なのですか。貧しいが故に、人々に軽蔑され、打ちのめされるような孤独の中で生きなければならないのは、当たり前なのですか。自業自得なのですか。誰だって失業すれば、お金がなければ、ホームレスになるんですよ、と。
ある日曜日。朝の礼拝中に、最前列に座った兄弟の体が前後に揺れていました。
「こらっ、朝から酔っ払ってるの!」
詰問すると、彼はこう言いました。
「俺、三日間何も食ってねえんだよ。倒れそうで・・・・・・」
皆に断って、この人に路上で食事をさせました。ところが空きっ腹に急いで食物を詰め込んだせいで、その晩の集会中に胃痙攣を起こし、心臓までが痙攣し始め、倒れてしまいました。慌てて救急車を呼びました。
その晩の集会で、もう一人、痴呆老人が教会の前まで来た途端に、ドタンと倒れてしまいました。慌てて行ってみると、意識が失せ脈もありません。何年も入浴せず不潔にしておくせいで、皮膚に細菌が入り、炎症を起こしてしまったのでしょう。膿が出ては乾き、それを繰り返しているので、何重ものかさぶたができてしまい、目も当てられませんでした。さらにもう一人、痩せこけた喘息持ちの兄弟がやって来ました。
ヒー、ヒー、ヒーと、両肩であえぐような荒い呼吸をしています。かすれ声で「先生、助けてくれ。先生・・・・・・」と呼ぶのがやっとです。この二人にも救急車を呼ばなくてはなりません。もう礼拝どころではありません。他の会衆には賛美しながら待ってもらい、公衆電話に走りました。ところが痴呆老人は、途中で救急車から降ろされてしまったことが後で分かりました。救急病院の看護婦が足りないという理由で。
それまでも、瀕死状態で救急車に乗せられたものの、病院をタライ回しにされている間に息を引き取った人々もいました。経済大国日本の首都東京。そのど真ん中で、こんなことが繰り返されていいものでしょうか。山谷の人々は、高層ビル、新幹線、高速道路など、経済大国の土台を作った人々なのです。
その一方で、犬や猫が栄養を配慮した餌を与えられ、服まで着せられて散歩している。そんな有り様を見ると、私は悔しさを通り越して嫌気が差してしまいます(ああ、世も終わりだ。お犬様大事の徳川綱吉の時代よりも、もっと酷い。万物の霊長たる人間様が、雪の中で野宿して風邪をひいても薬一つ与えてもらえない。人命を、何だと思っているのか。人間尊重はどこに行った)。
その原因は政治の貧困、社会構造の歪みにあるとしても、結局その責任は私たち一人一人にあります。愛なき人生を、神がおられることも知らずに死んでいく人々。彼らを、キリストは命を懸けて救おうとなさったことを、忘れないで欲しいです。(続く)
森本春子(もりもと・はるこ)牧師の年譜
1929年 熊本県に生まれる。
1934年 福岡で再婚していた前父の養女となる。この頃、初めて教会学校に通い出す。
1944年 福岡高等簿記専門学校卒業。義母の故郷・釜山(韓国)に疎開。
1947年 1人暮らしを始め、行商生活に。
1947年 王継曽と結婚。ソウルに住み、三男二女の母となる。
1953年 朝鮮戦争終息後、孤児たちに炊出しを続け、17人を育てる。
1968年 ソウルに夫を残し、五児を連れて日本に帰る。
1969年 脳卒中で倒れた夫を日本に連れ帰る。夫を介護しながら日本聖書神学校入学。
1972年 同校卒業、善隣キリスト教会伝道師となる。山谷(東京都台東区)で、独立自給伝道を開始する。
1974年 夫の王継曽召天。
1977年 徳野次夫と再婚。広島平和教会と付属神学校と、山谷の教会を兼牧指導。
1978年 山谷に、聖川基督福音教会を献堂。
1979年 この頃から、カナダ、アメリカ、ドイツ、韓国、台湾、中国、ノルウェーなどに宣教。
1980年 北千住(東京都足立区)に、聖愛基督福音教会を献堂。
1992年 NHK総合テレビで山谷伝道を放映。「ロサンゼルス・タイムズ」「ノルウェー・タイムズ」等で報道され、欧米ほか150カ国でテレビ放映。
1994年 「シチズン・オブ・ザ・イヤー賞」受賞。
1998年 「よみがえりの祈祷館」献堂。
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