ラブソナタ2007の一環として、東京・新宿のウェスレアン・ホーリネス教団淀橋教会で開催されている「教会リバイバルセミナー・福音と文化」で23日、峯野龍弘師(淀橋教会)、大川従道師(大和カルバリーチャペル)、池田博師(本郷台キリスト教会)の日本人牧師3人が「リバイバル」について語るパネルディスカッション「リバイバルの波に乗る日本の教会」が行われた。
初めに峯野師が、これまでに世界各地で起こってきたリバイバルを紹介。1830年代チャールズ・フィニーらによった米国でのリバイバル、1860年代中国でのハドソン・テーラーらによるリバイバル、1870年代ドワイト・ライマン・ムーディーらによった米国でのリバイバル、満州でのリバイバル、インド・カルカッタでのリバイバル、そしてラブソナタ2007のきっかけとなった、1907年に韓国で起こった平壌大リバイバルなどを挙げた。また日本に関しても、1549年にイエズス会宣教師フランシスコ・ザビエルが日本に来て以来、大名などを含む70万人近くが約30年の間に救われたとされる、カトリックがもたらしたといえるリバイバルについても触れた。
そのうえで峯野師は、これまでの世界各地で見られたリバイバルで印象に残っている点は何かと参加者に問いかけ、大川師は「イスラムでクリスチャンが殺されるような状況の中でリバイバルが起こっている、すなわちマイナスと見えるような中で、驚くべきプラスとなる出来事が起こっていることを日本が知るべき」と語り、リバイバルが決して良い状況で起こったわけではないことに触れた。
また、峯野師は使徒の働き2章に記録されている1日に3000人が救われたというリバイバルを挙げ、そこには個人の変革と、全体としての変化、また共同体の形成があったのではないかと述べ、「リバイバルの本質」について意見を求めた。これに対して大川師は、「リバイバルの定義の中で最も重要なことは聖書に戻る、聖書をもう一度読み直すこと」と述べ、「時代が違うから違うのだではなく、本質的にはあの(使徒の働き2章にある)リバイバルが起こるのだということが必要ではないか」と語った。一方、池田師は使徒の働き2章に記録されているリバイバルを見るときに、「順序」があったのではないかと指摘した。
さらに、峯野師はリバイバルが人間の力にはよらず、「御霊の恩業それ以外にない」としながらも、「受け止める下地」として人間側の必要な要素がないかと聞いた。大川師は、これまでに「祈り」が強調されてきたことを踏まえたうえで、熱心に祈っていたとしてもその中に争いがあってはいけないことを指摘し、祈りをささげることに加え「赦しあい、愛しあっているときに聖霊の注ぎかけがあったと私は考える」と述べた。一方、池田師は、使徒の働き3章37節の「心を刺され」と書かれていることが「悔い改め」であるとし、悔い改めの必要性を伝えた。また、同5章に出てくるアナニヤ、サッピラの例などから、リバイバルが起こった後でも「肉を持った人間の集団」としての側面があることを示し、「そこが扱われていくところから、そのリバイバルの真価が見えてくるのではないか」と語った。
パネルディスカッションのほか、韓国オンヌリ教会側から6人の講師を招き、日本のリバイバルの実際的な方法を模索する教会リバイバルセミナーは、24日も続く。2日目は、中央日報常任顧問で、韓国イファ女子大学名誉教授であるイ・オリョン教授が主題講演として「理性から知性へ、知性から霊性へ」を講演。その後、選択講演として「信徒リーダーよ、立ち上がれ!」(イ・ナムシク全州大学校総長)、「イエス様の奇跡を経験してください」(イ・ジャンス監督)が行われる。そして、同日午後7時からはいよいよ、さいたまスーパーアリーナ2万5000席の会場でラブソナタ東京大会が開催される。