米ジョージア州アトランタ市北部にある日本人教会、ウェストミンスター日本人教会が24日、東京・お茶の水クリスチャンセンター(OCC)8階チャペルにて30周年記念感謝会を開催した。米国滞在中に同教会を訪問したことがある信徒や教職者など133人が国内外から集まり、同感謝会に参加。同教会の開拓者であり、現主任牧師の武田恒義牧師がプレゼンテーションを行い、30周年を迎えた感謝の気持ちを証しした。集会の後半にはゴスペル歌手の本田路津子さんによるミニコンサートも開かれ、参加者らは久しぶりに再会した仲間たちと共に楽しい交わりの時間を持った。
プレゼンテーションでは武田師夫妻が中心となり、ウェストミンスター日本人教会の歩みをスライドを用いて紹介した。同師夫妻が77年に米アトランタ市に到着した当時の様子や、現地での開拓の歴史、ローズウェル(アトランタ北部)に新会堂と牧師館が献堂された出来事など、同教会が築いてきた一つひとつの歩みがスクリーンに映し出され、参加者らは懐かしげに当時を振り返った。
武田師はプレゼンテーションの初めに、ピリピ人への手紙1章1−3節に触れ、「『私は、あなたがたのことを思うごとに私の神に感謝し』と、パウロ使徒が初めてヨーロッパで開拓したピリピの教会の信徒たちに書き送った言葉が、今の私の気持ちである」と証し、30年間同教会を守ってくださった神と、支えてくれた信徒たちに対する感謝の気持ちをあらわした。また、同師はこの日のために寄せられた多くのハガキと手紙を手にし、「これだけ多くの方々が送ってくださいました」と満面の笑みで喜びを語った。さらに、「神さまの国が訪れるまで、私たちが最後の日まで、世界、アトランタ、日本を宣教していきたい」と新たな決意を宣言した。
同感謝会の中盤で祝辞を述べた山崎順治師は、武田師と共にアメリカで3年間奉仕したことや、30年という長い期間アトランタで宣教し、福音を宣(の)べ伝えてきた武田師の苦労について証しした。山崎師によると、当時武田師は全米各地で行われていた日本人の伝道集会に月3回のペースで参加していたという。また、北海道から九州までの距離に相当するワシントンやサウスカロライナまで、自分で車を運転して移動する武田師の姿を見て感銘を受けたと語った。さらに、武田夫妻が開拓時代に、教会の管理人としてボイラーの管理やトイレ掃除などをしながら教会に奉仕してきたことや、宣教のために財物を無にしてきた同師の信仰を証した。
また後半には、ゴスペル歌手で、今話題の伝道書籍「パワー・フォー・リビング」でも取り上げられている元フォークシンガーの本田路津子さんがミニコンサートを行った。渡米経験がある本田氏は在米中に武田師と知り合ったという。本田氏は、自身がワシントンで伝道集会を開いた際に武田師がゲストスピーカーとして参加してくれたことや、米国での信仰生活において武田師が大きな支えとなってくれたことを証しした。コンサートでは、「きみは愛されるため生まれた」など数曲を熱唱。参加者らは本田さんが歌う賛美に聴き入った。
ウェストミンスター日本人教会は、77年3月18日に武田牧師夫妻が米アトランタに到着し、米ウェストミンスター長老教会(アメリカ人教会)の教師として会堂管理人の仕事をしながら伝道活動を行ったことが発端。同師は在米中の日本人に日本語で御言葉を伝えるという目的のもと、同年4月24日に同教会の一室を借りて、現地にいる日本人らと共に「ウェストミンスター日本人教会」としての最初の午後礼拝を捧げた。
その後87年8月にアトランタ北部のローズウェルに土地と建物を購入。11月から自分たちの会堂で午前中の礼拝を始めた。その17年後の04年11月に多くの人々の祈りと献金により新会堂が完成。05年4月3日に新会堂と牧師館の献堂式が行われた。
ウエストミンスター日本人教会は、宗教改革(プロテスタント)の精神に基づき、聖書に堅く立つ教会。「ウェストミンスター」という名称は、プロテスタント精神に基づいて作成された信仰基準である「ウエストミンスター信条」に賛同する教会として同教会が立ち上げられたことにちなんでいる。