【CJC=東京】聖書は教会の礼拝で使うものと思われがちだが、教会にある聖書より、家庭やホテルなどにある聖書の方が多いだろう。ギデオン協会の聖書は、全世界のホテルに15億冊置かれている。
キリスト教専門調査会社「バーナグループ」の調べでは、米国の家庭の9割に聖書がある。しかも1冊ではなく、平均3冊だ。家庭にある聖書を全部積み上げると、エベレスト(チョモランマ)山の高さ約8850メートルの1000倍になるという。
米聖書協会は、聖書を毎年500万冊配布しており、出版の世界では聖書の売り上げは、ダイエットもの、ミステリー、著名人の自叙伝などをしのぎ、「永遠のベストセラー」なのだ。毎年の聖書販売部数を正確に算出することはまず不可能、と専門家は言う。ただ聖書がビジネスにとってありがたいことは確か。
出版専門誌『パブリッシャーズ・ウイークリー』の宗教担当を長く務めてきたフィリス・ティックル氏は、「聖書は多くの点で金を生む牝牛」と言う。ドル箱なのだ。
福音派キリスト教出版協会のマイケル・コビントン広報・教育部長によると、福音派系の出版社だけで見ても、2009年の不況の最中に2000万冊の聖書を5億ドル(約480億円)売り上げている。
とは言え、聖書がたくさんありすぎるのも問題だ、と懸念する学者もいる。さまざまな訳があり、さらに「ニッチ・バイブル」と呼ばれる特定層向け版も出されると、キリスト者に困惑と分裂を生じさせることにもなる。相対論者からは笑いものにされ、神の言(ことば)を「お好み次第」にするようなものだ、と言う。
聖書翻訳の専門家、ベイラー大学前学長のデービッド・ライル・ジェフリー氏は、かつて欽定訳が果たしていたような、俗化しないで、聖書の崇高さを伝えられる『共通聖書』が必要だと言う。
福音派では有力なイリノイ州ウイートン大学のリーランド・ライケン教授はもっと率直に、「各種の訳が大きく異なった場合、原典はどうなのか、読者は知りようがない」と言う。
一方でキリスト教出版社の側は、出来る限り多くの人が聖書を読めるようにする義務が、神の呼び掛けさえある、と言う。
普及しているからと言って、米国人が皆、聖書を熱心に読んだり、親しんでいるわけではない。宗教専門調査団体『プーリサーチセンター』の調査では、新約聖書の最初の4巻の名を言えない人も半数おり、創世記が聖書の最初だと知らない人も3分の1いた。
そこで親しみやすい聖書を目指そうと、プロテスタント系出版社から『コモン・イングリッシュ・バイブル』計画が打ち出された。近く新約がお目見えし、来年には旧約も含む聖書が登場する。
ただ聖書が儲かると言っても、投資額も半端ではない。
『コモン・イングリッシュ・バイブル』の訳出に100万ドル(約8000万円)、宣伝に300万ドル(約2億4000万円)をすでに投じたと言う。
米国では20世紀に入ってからでも、改訳を含めると200以上の聖書訳が出された。中には専門家でもその差の意義が不明なものもある。
書店の棚がさまざまな聖書で溢れかえっていると、購入するつもりで来ても、買わないで帰ってしまう客も半分はいる、という研究もある。
キリスト教出版社ゾンダーバン社の2010年版カタログは聖書だけで223ページ。そこには学生、救いを求める人、ガンにかかった女性、多忙なお父さんなど、さまざまな需要に応じた聖書が列挙されている。
ライケン氏は、出版社の狙いは霊的なものではなく、経済的なものだ、と見る。「聖書は権威ある神の言葉と見られなくなり、あってもなくても良いものになってしまった」と言う。