「あなたがたがわたしを選んだのではなく、わたしがあなたがたを選び、あなたがたを任命しました」(ヨハネ15:16)
ある大学の受験日のことです。この大学の入試問題の答えは全問〇✕で答える形式のものでした。一人の受験生はテストが始まると、コインを1枚取り出して、それを投げ始めました。表が出れば〇、裏なら✕。他の受験生が必死に悩む中を彼は10分で終えました。彼はのんびりと時間が来るのを待っていました。
ところが終了まであと5分となったとき、彼は再びコインを取り出し、猛烈な勢いで投げ始めました。試験官がびっくりしてやって来て、「キミは何をしているのかね」と言うと、「高校の先生に言われていたことを今思い出したんです。書いた答えは必ずもう一度見直せ!」
コインを投げて適当に出した答えを、再びコインを投げて見直すなんて、どう考えても全くでたらめな話です・・・。しかしこれは、私たちにいのちを与え、私たちの人生に計画を持つ愛と知恵に満ちた神を否定し、神を信じない人の生き方に似ています。
神を否定すれば、人生は単なる偶然の連続となります。しかし人は、単なる偶然の人生には耐えられず、人生の目標を設定します。しかし、その設定した目標が「お金持ちになること」「有名になりたい」「権力を手に入れたい」と自己中心的になると、ますます人生は混乱し、幸せとは程遠いところに行ってしまうのです。
聖書はそういう生き方に警鐘を鳴らしています。
以前、私たちの教会で露の五郎兵衛という落語家の方をお招きしたことがありました。露の五郎兵衛さんは2000年には紫綬褒章を受賞し、上方落語協会会長も務めた方です。五郎兵衛さんは03年10月26日、奥さんと一緒に大阪の栗東キリスト教会で洗礼を受けました。
信仰に入るきっかけは、女優になるために上京して演劇学校に通っていた娘さんがクリスチャンになり、牧師と結婚したことでした。その教会で五郎兵衛さんの母親の葬儀をしたとき、キリスト教の葬儀には質素な美しさがあり、心がこもっていると感じました。それ以降、五郎兵衛さんはしばしば礼拝に出席するようになりました。
五郎兵衛さんは長い人生の中で5回命拾いをしたと言います。最初は小学6年生の時。日本の敗戦が色濃くなった1944(昭和19)年7月、中国の福建省にいたとき、米国の戦闘機に攻撃され、友人と手をつないで逃げる途中、その友人は弾が当たって死亡し、自分は助かったとき。
二度目は芸人になってから、舞台での落下事故です。10メートルの高さから落ちて、足の骨折だけで済んだとき。三度目は北海道で脳塞栓で倒れたとき。手術の準備のために入れた造影剤が、血管の詰まっている所を広げてくれて、手術なしに奇跡的に回復したとき。
四度目は脳内出血を起こしたとき。この時もたいした後遺症もなく仕事に復帰しました。五度目は敗血症を患ったとき。この時は医者も家族に、覚悟をしておいてくださいと話したそうです。しかしこの時も奇跡的に回復したのです。
五郎兵衛さんはこれらの体験を通して、「自分のいのち」だけれども、決して自分でどうにかなるものではなく、誰かによって生かされていると思ったそうです。そして教会に行って「それがイエス・キリスト様だったんだ」と悟ります。「キリストがあなたを選んでくださった」という言葉を通して五郎兵衛さんは「そうか!イエス様が私を選んでくださったんだ。そして何度も何度も危機の中で『ここにわたしがいる。わたしがあなたのいのちを救ったんだよ』と言われた」と分かりました。
「自分が落語の世界に入るときも二代目桂春団治師匠がスカウトしてくれたから今の自分がある。イエス様が私をスカウトしてくださったのなら応えなあかん! 当時15歳だった自分が師匠に言われて『はい!』と応えたように、イエス様にも『ハイ!』と答えて従うなら、必ず良い結果が待っている」。そう確信して信仰に入ったのです。
五郎兵衛さんは母子家庭に生まれ育ち、小学6年生からはおばあさんに育てられます。そうした経験から早く自立しなければと思って頑張って生きてきました。そして、自分の力で切り開いてきたという強い自負心がありました。
「頼れるものは自分だけだ」という考えが強く身に染みていて、それは子ども時代も戦時中も落語家になってからも変わることはありませんでした。徹底した無神論者だった自分が今、キリストに従い、キリストを証ししているのは不思議な気がすると語りました。
露の五郎兵衛さんはこう言います。
「これまで共に苦労してきた妻と、今度は信仰の歩みも共にしていくのだ。私は落語家だが、この世界では師匠の言うことは絶対である。師匠が『カラスは白い』と言えば『その通りです』と決して逆らわない。私はイエスの弟子となった。だからイエス師匠の言われることは絶対である。イエス師匠が『お前は罪人や』と言わはるなら『はい!その通りです』と言う。『お前を愛している』と言わはるなら『はい!ありがとうございます』と感謝する。『わたしに従って来なさい』と言わはるなら『はい!喜んで!』とついていくだけです。私は入門したてであって、ものになるかどうか、まだまだこれからである」
露の五郎兵衛さんは77歳で天に召されるその日まで、神に選ばれた人生を、喜びと感謝をもって歩まれたのです。
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