身内を一度に亡くした悲しみに打ちひしがれたアンドリューは、なかなかその中から立ち上がれないでいた。その日も、彼は一人で公園に行き、あてもなく歩き続けていた。それから、ベンチに力なく腰を下ろすと、両手で頭を抱えた。
どのくらいたったことだろうか。ふと彼は、何か柔らかいフワフワしたものが首筋に触れたような気がして顔を上げた。目の前に真っ白い犬を抱いた女性が立っている。彼はすぐにそれがルイーズ・ホイットフィールドであることを知った。
「病気でもなさいましたの?」彼女は心配そうに聞いた。「しばらくお姿が見えなかったものですから」。「身内を2人亡くしました」。ポツンとアンドリューは答えた。ルイーズは同情のこもった目でしばらく彼を見ていたが、黙って白い犬を彼の腕に抱かせた。その柔らかな毛に顔を埋めると、何か悲しみが幾らか和らぐような気がした。
「あなたのように立派な、地位のある方でも、他の人と同じように別離の悲しみを味わわれるのだと思うと、とてもお気の毒ですわ」。ルイーズは言った。実は彼女も21歳の時に父親と死別して全家族の責任がその肩にかかってきたのだという。
2人は、いつしか肩を並べて公園の中を歩き始めた。そして、いろいろと語り合った。
「ルウ、あなたもお話がしたいの?」彼女は白い犬に話しかけた。「私たちはどちらも親を亡くした者同士なんですよ。父を亡くした私が悲しみに沈んでいると、ひと晩で親を亡くした犬の子を飼ってやってほしいと、親戚の者が連れてきたんですの。だから、この犬は私と話ができるんです」。思わず、アンドリューは微笑した。
「それから、この犬は私と同じくスコットランドが好きですの」。ルイーズは「スコットランドの釣り鐘草」という民謡を口ずさんだ。すると犬は、目を細め、鼻をクンクンさせるのだった。
「スコットランドはお好きですか?」「ええ。私はアメリカ人ですけど、一度スコットランドに行ってみたいと思っていますの」。「スコットランドはいい国ですよ。一度ご一緒できるといいですね」
2人は夕方まで公園を歩いていろいろな話をした。そのうち、帰らなくてはならない時間になったので、アンドリューは彼女の家まで送った。
「本当に楽しい一日でした。心が慰められましたよ」。そう言って手を差し出した。「おやすみなさい」。ルイーズもその手を握ると家に入っていった。
その後2人は何度も会った。そして、会うごとに気持ちがしっくり合って離れられなくなるのだった。そして1887年4月29日。2人はニューヨークで結婚式を挙げた。そして、一度英国に行ってみたいという彼女の願いどおり、英国西海岸のワイト島に新婚旅行に出かけた。
ルイーズは、まるで天使のような心を持つ女性だった。平和を愛する心、親切で優しい思いやり、常に周りの人を楽しくさせるような明るい性格——それらを合わせ持っていた。彼女は親を亡くし、家族の面倒を一人でみていたので、人情に厚く、人の気持ちをよく理解できたのであろう。彼女のおかげでアンドリューは今までの苦労をすべて忘れることができたのだった。
彼女を連れてダムファームリンの町に行ってみると、町の人々は2人を歓迎し、その幸せを祈らぬ者はなかった。彼らは町に公衆浴場を作り、丘の上にウォーレスの像を建て、さらに公共図書館を寄贈してくれた人を忘れはしなかった。どこへ行っても2人は熱狂的な歓迎を受けた。彼女を連れてダムファームリンの思い出深い場所を歩き、ある農村を訪れたときだった。そこでアンドリューは自分の名前がつけられたウサギが何匹か飼われているのを見た。
「これは、父親がウサギにつけた名前です」。14、5歳の少年がこう言ってアンディというウサギを抱かせてくれた。この時、彼は思い出したのだった。一家で米国に発つ日。彼は友達にウサギや鳩をあげてしまった。その時、友達が言ったのだった。「それじゃあ、このウサギに君の名前をつけるよ。そうして代々大切に飼うからね」。すべてはつい昨日のことのように思われた。
米国に戻った2人は、ニューヨークに居を構えた。子どももでき、アンドリューは母の名をとってマーガレットと名をつけた。
*
<あとがき>
愛する母親と弟のトムを同時に亡くしたアンドリューは、悲しみのどん底にありました。そんな時、彼は以前公園で出会ったルイーズ・ホイットフィールドと再会します。2人はいろいろと話をするうちに、互いに考え方も、ビジョンも、信仰も驚くほど似ていることに気付きました。
彼女もまた、苦労して人生の荒波を渡ってきたので、人情に厚く、優しい心を持った女性でした。そして、彼らは理解し合って結婚をします。彼女は誰よりもアンドリューの良き理解者で、彼を支えてその後の福祉事業の計画を立て、富の分配に協力したのでした。
彼女を得て、アンドリューの人生はさらに豊かなものになりました。神様はさらなる祝福を彼に与えられました。彼が故郷のダムファームリンを訪れたとき、少年の頃ウサギをあげた農家を訪ねてみると、軒並み「アンディ」という名をつけたウサギが飼われていたのでした。彼の名のついたウサギはこのあたりの人の誇りだったのです。
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栗栖ひろみ(くりす・ひろみ)
1942年東京生まれ。早稲田大学夜間部卒業。80〜82年『少年少女信仰偉人伝・全8巻』(日本教会新報社)、82〜83年『信仰に生きた人たち・全8巻』(ニューライフ出版社)刊行。以後、伝記や評伝の執筆を続け、90年『医者ルカの物語』(ロバ通信社)、2003年『愛の看護人―聖カミロの生涯』(サンパウロ)など刊行。12年『猫おばさんのコーヒーショップ』で日本動物児童文学奨励賞を受賞。15年より、クリスチャントゥデイに中・高生向けの信仰偉人伝のWeb連載を始める。その他雑誌の連載もあり。