田内千鶴子生誕100周年記念事業会主催の「3ソプラノと光州女性フィルハーモニックオーケストラによる田内千鶴子記念音楽会」が23日、サントリーホール(東京都港区)で開催された。会場に集まった約400人を前に、クラシックの楽曲や、日本や韓国で愛される歌曲の数々が披露された。
同音楽会は、国連世界孤児の日制定を願い、国境、民族、文化を超えて一人一人を大切に思い共に生きた、韓国孤児3千人のオモニ(母)・田内千鶴子を偲ぶ音楽会。演奏をしたのは、1999年に創設された、韓国でただ1つの女性だけのオーケストラ「光州女性フィルハーモニックオーケストラ」と朴桂(パク・ケ)、金美玉(キム・ミオク)、金善希(キム・ソンヒ)の3人の韓国ソプラノ歌手。さらにバリトンの稲垣俊也も友情出演で加わった。
また、特別ゲストとして、ロシア系韓国人天才バイオリニストのアレクサンドラ・リが、東洋のストラディバリウスと呼ばれる在日韓国人の故・陳昌鉉(チン・チャンヒョン)マスターメーカーが制作したバイオリンの名器「鳳仙花」を使って演奏し、音楽会に花を添えた。
ドヴォルザークの序曲「謝肉祭」で華やかに始まった音楽会の前半は、クラシックの歌曲の名曲が次々に演奏された。グノーの「ファウスト」、シュトラウス2世の「こうもり」、ロッシーニの「セビリアの理髪師」と心躍る楽曲の間に、朴桂が歌ったカッチーニの「アヴェ・マリア」は、韓国孤児のオモニ・田内千鶴子への思慕を強く感じさせるものだった。
前半の最後を飾ったのは、アレクサンドラ・リによるサン=サーンスの「序奏とロンド・カプリチオーソ」。アレクサンドラ・リは、「全ロシアで200年ぶりに現れた幼き天才」と評され、今回も名器「鳳仙花」で極度のテクニックと表現力を要求するバイオリン協奏曲の名曲を演奏し、聴衆を魅了した。
プログラムの後半は、日本と韓国でそれぞれ愛され続ける歌曲を中心に演奏された。「全ての人の心に花を」のフレーズで知られる沖縄出身の音楽家・嘉納昌吉による「花」に続いて演奏されたのは、韓国の「民族の歌」ともいうべき「鳳仙花」と、韓国の童謡「母よ、姉よ」。そして、韓国民謡「密陽(ミリャン)アリラン」が歌われた。韓国語の歌詞が分からなくても、思いは伝わってくるのが音楽の力だ。
光州女性フィルハーモニックオーケストラの演奏によるビゼーの「カルメン第一の組曲」で始まった後半のプログラム。最後を締めくくったのも、同オーケストラによるシュトラウス2世の「トリッチ・トラッチ・ポルカ」だ。指揮者の朴勝裕(パク・スンユ)は、初めから終わりまで力強い指揮で女性だけのオーケストラをまとめ、正確な音と温かみのある音色で聴衆の心に深い感動をもたらした。
「ブラボー」の声と割れんばかりの拍手の中、カーテンコールに応え、韓国の歌曲「母の心」、ベルディの「La Traviaata」がアンコールで歌われた。さらにその後には、客席も共に日本の歌曲の代表である「ふるさと」を合唱し、音楽会は終了した。
音楽会の主役である田内千鶴子(1912~1968)は、高知県高知市で生まれ、7歳で韓国の木浦市に渡り、母の影響でクリスチャンになった。1938年、日本統治時代に同じくクリスチャンの韓国人伝道師の尹致浩(ユン・チホ)と結婚し、そのまま韓国に残り、夫と共に孤児救済のために「木浦共生園」という施設を運営し、3千人もの韓国の孤児を守り育てた。
孤児のない社会を夢見ていた千鶴子の思いを引き継ぐ田内千鶴子生誕100周年記念事業会では、世界中で、戦争や紛争、災害、疾病などで今も多くの孤児が生まれている現状に対し、国連世界孤児の日制定を推進している。2017年秋には、ニューヨークでのアピールを目指している。
田内千鶴子の長男で、社会福祉法人「こころの家族」理事長の尹基(ユン・ギ)氏は、この日の音楽会について「田内千鶴子を思う気持ちと、韓国のお母さんをたたえる歌を歌ってくれた。大変素晴らしく涙がこぼれた」と感想を語り、国連世界孤児の日制定に向けての思いを新たにしていた。
また、10月1日には、尹氏が理事長を務める「こころの家族」による特別養護老人ホーム「故郷の家・東京」がオープンする。尹氏はこのホームのためにもぜひ祈ってほしいと話した。
来日して20年になるという韓国人の女性は、「女性ばかりのオーケストラの演奏は初めて聴いた。とても力強い演奏で、迫力に圧倒された。歌もとてもすてきだった」と感想を語った。