とてもしゃれた感じの書名です。
「ギリシャ語」という普通とっつきにくい感じを与える言葉が「響き」と結ばれていて、本のほうから躊躇(ちゅうちょ)する読者へ近づいてくる印象を受けます。さらに、著者が「はじめに」において、神学教育の中で語学に「一番苦労」した、自分には「語学の感性」がない、「語学は大変苦手」など、率直なご自身についての紹介で、一段と親しみを覚えます。著者が読者と同じ立場に立っておられます。
本書では、実に98もの単語や表現について取り上げ、定義がなされています。取り上げ方、定義の仕方が本書の特徴です。
まず、取り上げられている言葉は、最初の「愛」や2番目の「恵み」など、聖書の重要な用語です。これは理解できます。
本書の特徴の一つは、21番目の「根」や29番目の「脱ぐ」、36番目の「腰を据えて」、52番目の「正す」、85番目の「根ざす」、89番目の「叱る」など、よほど大型な聖書辞典でも取り上げていない、私たちの生活で普通に用いる言葉を取り上げている点です。
定義の仕方も著者ご自身が聖書における用例を一つ一つ検討して自分の言葉で表現する着実な営みで、語学の特別な才能がなくとも、聖書に対する愛と一つ一つの事実・実例を大切にする心さえあればできる方法です。その結果、時間を注いで把握した砂金のような美しさがあります。
その上、私たちがよく知っていると思い込んでいる、上記の「愛」や「恵み」などの言葉についても、聖書における実例に直接聞くことにより、借り物でも観念的でもない、生き生きとした具体的な定義がなされます。
何よりも、強調したい本書の特徴は、読み手の生活と生涯において本書に応答する可能性が開かれている事実です。著者と同様、語学を苦手と自覚している者でも、著者にならって特定の言葉の聖書における用例に心を注ぐことにより、自分の心で特定の言葉に盛り込まれたメッセージをくみ取り、それを自分の言葉で言い表す喜びを味わうことができます。
98の各項目には、ある程度の余白があります。その余白を活用して、自分自身で見いだした極小の砂金を自分の文章で本書に書き込む営みを3年、5年と続けるなら、著者と特定の読者の共著のような特愛の書が何冊も生み出されていく、そんな夢を抱かせる本書と著者に感謝します。
『ギリシャ語の響き』: 渡辺俊彦著、イーグレープ、2015年10月5日発行、定価1000円(税別)
■ 【渡辺俊彦著書】(Amazon)
■ 【渡辺俊彦著書】(イーグレープ)
◇
宮村武夫(みやむら・たけお)
1939年東京生まれ。日本クリスチャン・カレッジ、ゴードン神学院、ハーバード大学(新約聖書学)、上智大学神学部(組織神学)修了。宇都宮キリスト集会牧師、沖縄名護チャペル協力宣教師。2014年4月からクリスチャントゥデイ編集長。