シオンとの架け橋(神戸市)が主催する「政治と宗教から中東の平和を考える集い」が14日、東京都内で開催された。イスラエルの元外交官であるイラン・バルーフ氏と、エルサレム在住のメシアニックジュー(イエスを信じるユダヤ人)の神学者、ヨセフ・シュラム氏の両氏を講師とした集いで、約140人が参加した。
集いを主催したシオンとの架け橋は、メシアニックジューと、それを支援する日本のクリスチャンの架け橋となる活動を行っている団体。単立のキリスト教会「聖書研究会」によって1999年にその活動が始められた。冒頭では、聖書研究会の村岡丈夫牧師が挨拶。村岡牧師は、中田重治の弟子である父・村岡太三郎氏の時代からイスラエルのために祈っていると言い、「(聖書の)預言には、(ユダヤ人が)約束の地に帰ってユダヤ人の国が興される、とある。そういうことが今日歴史的に実を結んでいることは、聖書の神は生きておられるという証拠」「神は人間の歴史に直接介入してくださる」などと語った。
集会の冒頭では、中東和平の歩みをまとめたパワーポイント上映が行なわれた。シオンとの架け橋の石井田直二代表が、神がアブラハムに現在のイスラエル・パレスチナの地を与えると約束した旧約聖書の記述から始めて説明。約2千年前に始まるユダヤ人の離散、第一次世界大戦後のユダヤ人国家の設立、イスラエルとアラブ諸国の対立、それによって発生した多くの難民とその後の和平交渉プロセス、イスラエル・パレスチナの共存の障害となった入植地問題などを取り上げた。2005年に当時のシャロン首相がガザ地区から入植地を撤去することを決め、和平前進への期待が高まったが、パレスチナの選挙で過激派のハマスが勝利したことにより、ハマスがガザ地区を実効支配。イスラエル滅亡を目指すハマスとイスラエルの対立が続き、今日に至ることを解説した。
7月2日から始まった今回の戦争では、8月5日までの約1カ月間で、パレスチナ側(ガザ地区)は1867人が死亡、イスラエル側は67人が死亡し、計1934人の死者が出ている。この日の集いでは、パワーポイント上映後にこれらの犠牲者のために黙祷をささげた。
抑止力ではなく対話による和平
講演者の一人、イラン・バルーフ氏は、36年にわたってイスラエル外務省で働いた元外交官。イスラエルとパレスチナ双方が平和共存を目指すことで合意した「オスロ合意」(1993)でのイスラエル側の交渉団の一人でもあった。第二次世界大戦前にドイツから逃れてきたユダヤ人の父と、イラク出身のユダヤ人の母を持つというバルーフ氏は、イスラエルへ逃れてきた難民の子として生まれた。その頃の友人は全てこうした難民の子どもたちだったという。
講演会では、イスラエルの地にユダヤ国家を再建しようとするシオニズム運動、そしてイスラエル建国へ至る実際のプロセス、また建国後も外交の世界においては未だに一つの国として扱ってもらえていない実情があるといった、イスラエル・パレスチナ問題の概要を説明。「問題の本質は、象徴的に言えば、誰に先住権があるかということに要約されると思う」と語った。
その上で、イスラエル、パレスチナ双方の中に、二国共存を訴える穏健派と、共存は無理だとし武力による一方の排除を訴えるタカ派が存在すると紹介。現在のイスラエルは、共存を目指すことで合意した「オスロ合意」とは違う方向に進んでいるとし、イスラエル・パレスチナ間が抑止力によって均衡を保つ関係になっていると語った。しかし、今回の戦争のように抑止力による均衡では、一度戦闘が勃発すればなかなか止まらない。ハマスによるミサイル弾攻撃はイスラエルにとって非常に脅威であり、武力による防衛の必要性を訴える人々の主張も理解するが、「ガザにおける破壊は、想像を越えたものになっており、イスラエルとパレスチナの関係は来るところまで来ている」とバルーフ氏。長期的には抑止力による和平ではなく、対話による和平が必要だと言い、3年前に外務省を辞職した後は、民間レベルの外交で平和活動に取り組んでいると語った。
またバルーフ氏は、イスラエルは農業、科学、音楽、神学など、技術的・文化的に様々な素晴らしさを持っているが、パレスチナとの問題を解決しなければ、こうした分野での本当の開花はないと指摘。パレスチナ問題を解決してこそ、イスラエルの本当の開花があると語った。
しもべの少女のようなイスラエル
メシアニックジューの指導者として、何度も来日しているヨセフ・シュラム氏は、旧約聖書の第2列王記5章に登場するアラム王の軍司令官ナアマンと、イスラエルの預言者エリシャの物語からメッセージを語った。ナアマンは、イスラエルから捕虜として連れてきた一人の少女を妻のしもべとしていたが、シュラム氏はこのしもべのイスラエル人少女を現在のイスラエルに重ねて語った。
イスラエルから捕虜として連れられたのは、イスラエルの民でも上流層が中心だったとシュラム氏は言う。自身のしもべを携えていたかもしれない立場にあった少女が、今は異邦の地でしもべの身分となった。シュラム氏は、世界各地に離散しているユダヤ人について、まるで異邦の地に連れて行かれたしもべのようなものと語った。
少女は、主人ナアマンが重い皮膚病で苦しんでいるのを知るが、イスラエルの預言者の元へ行けば癒されると告げる。シュラム氏は、この少女の自身の神に対する信仰に注目し、「とても画期的なこと、私たちの時代にあてはめればとても画期的。このように『神にはできる』と断言するクリスチャンは数少ない」と語った。
ナアマンはこの少女の勧めに従い、エリシャの元へ行く。偉大な宗教的儀式により癒されると考えていたナアマンは、エリシャがしもべを通して「ヨルダン川に行って七度身を洗いなさい」と伝えるだけの態度に激怒し帰ろうとする。しかし、家来たちに勧められ、ナアマンは渋々エリシャの言う通りにするが、見事に癒される。
シュラム氏は、イスラエルの歴史を振り返ると多くの失敗があったと言う。しかし、この少女の果たした役割が、人類の歴史におけるイスラエルの役割のようだと指摘。「イスラエルは神を知っていた。天と地を創った世界で唯一の神を知っていた。そして、神には力があることを」とシュラム氏。この少女が、重い皮膚病を病んだ人を見捨てず、神には癒す力があることを話す勇気を持っていたことを指摘し、「これが歴史の初めからまさに私たち(ユダヤ人)が果たす役割だった」と語った。
「今日のユダヤ人の現状を見ると、他の民族と比べて優っているかと言えば、そうではない。他の民族よりも義なる民族、正しい民族だとは言えない。他の民族よりもきよいとも言えない。健全だとも言えない。それはまさにその通り」とシュラム氏。しかし、「神はロバでも用いられる方」と言い、イスラエルに対する希望を語った。
この集会は17日には、大阪でも開催される。会場は、エル・おおさか南館5階ホール(大阪市中央区北浜東3-14)。入場無料。詳しくは、シオンとの架け橋(電話:078・341・7501)の公式サイトで。