米国からキリスト教伝道のために100年前に来日したウィリアム・メレル・ヴォーリズ(1880―1964年)は西洋建築の傑作を数多く設計した。代表作のひとつ、ヴォーリズ記念病院(滋賀県近江八幡市)の管理棟「ツッカーハウス」が病院のリフレッシュ計画により解体されることになり、保存を求める運動が起こっている。
「ツッカーハウス」はキリスト教精神に基づく医療の実践の場として1918年(大正7年)に完成した。
ヴォーリズは伝道の資金集めのために、医薬・医療、教育、建築などの事業を興し、現在まで企業、学校、病院が継承されている。記念病院もそのひとつで、終末医療の充実を掲げ、すでに老健センターやケアハウスを整備、ホスピスの新設も決めている。
関川利幸病院長は「愛着がある建物なので保存も考えた」と打ち明けるが、敷地が狭く、「ツッカーハウス」も老朽化したため、近く解体することになった。来春完工するホスピスの外観に面影を残す考えを明らかにしている。
関川院長は「事業を継承する企業や団体でつくる財団の理事会で何年も議論を尽くし、住民にも理解を得た」と説明する。
これに対し、国民的財産を保全し利活用しながら後世に継承していくことを目標に1968年12月に設立された「財団法人・日本ナショナルトラスト」(杉浦喬也代表、東京都千代田区)が強い反発を示している。事務局長の米山淳一氏は「地元での説明だけで、それさえも不十分。拙速の印象が強い」と反論している。
ヴォーリズが今年ちょうど来日100周年を迎えたのを機に、自然・文化遺産の保存を進める同財団を中心に、ヴォーリズ建築を守る全国ネットワークの設立を決め、3月に初会合を開く準備の過程で解体事実を知ったという。
同財団は京都市にあるヴォーリズ建築「駒井家住宅」を募金や寄付などをもとに保存した実績がある。米山事務局長は「病院と一緒に保存に知恵を絞れるはず」と話す。解体中止を求める声は学校関係者や住民、建築家などからも出始めているという。
「ツッカーハウス」の解体に反対して署名運動を展開する「ツッカーハウス・大王松を守る会」(発起人代表・辻友子さん、近江八幡市慈恩寺町)も署名活動を行い先月26日、集められた2800人分の署名を関川院長に手渡した。同会によれば、署名を手渡した同日、ツッカーハウス解体を議案とする病院理事会が開かれ、同議案は5月10日の理事会まで延期となった。
ヴォーリズの設計した建物は全国に約1700棟ある。心斎橋大丸(大阪市)、関西学院大学(兵庫県西宮市)明治学院大学(東京都港区)などが有名。取り壊しを巡って反対の住民運動が起き、町長のリコール騒動に発展した滋賀県豊郷町の町立小学校もヴォーリズの設計だった。