争いや殺りく、暴虐の渦巻くこの世界は、神様ご自身の十字架、引き裂かれた御からだの上に建っているかのようです。イエス様は十字架で赤い血を流されました。
それは神様からの愛の赦(ゆる)しとして、全世界に注がれています。悲惨な十字架でありましたが、救われた私たちにとっては、まるで麗しく美しい真紅のバラが散りぢりに、救いのないこの世界に降るようであります。
神様は罪びとである私たちを、御からだを引き裂くほどに愛しておられたのです。
日本に生きる私たちは、自らをおとしめる傾向がありはしないでしょうか。私自身がそうなのですが、それ故に、それほどに愛されているという実感を持つことが、とても難しいのです。
しかし、この私にも、神様は御からだを裂いてまで赦しを与えてくださいました。……イエス様の赤い血が、花びらが降るように私を包んでくださるようです。これほどに香り高く尊いものがこの世にあるでしょうか。
神様は御子の全てを与えるほどに、私たちを愛されたのです。
前回、立派な主婦や真面目なクリスチャンになどなれないと卑屈になる心を書きましたが、神様はこの無様な私そのものを受け取り、愛してくださっています。
まことに「立派な主婦」「真面目なクリスチャン」というもの自体が、私にとっての偶像であったのではないかと思います。あの人のように、この人のようにと他の人はどれほどにも麗しく見えますが、その人も人間であり、それぞれの問題を背負った、同じ罪びとであるのですから。
神の愛の聖さの前に、私たちは汚れた者でしかありません。そして、それにもかかわらず愛されている者でしかないのです。
今はただ、神様の血潮の中にうずもれていたいです。私のために流された血潮の中で。
夫の誕生日が来ました。私は初めて夫にホールケーキを焼いてあげたいと意気込んでいました。甘いものが大好きな夫です。私が近頃お菓子作りを覚えると、本当にうれしそうに食べてくれます。
オレンジの実と皮のたっぷり入った生地をデコレーションしたオレンジケーキを作りました。一晩冷蔵庫で寝かせた生地はしっとりと落ち着き、ひんやりとおいしいケーキができました。
夫が仕事に出ている間、日中はほぼ一人きりで過ごしています。長い一人の時間に、過去のつらい記憶がよみがえり、苦しむこともありますが、そんな中でレース編みとお菓子作りは無心になれる時であり、私に与えられた恵みでした。
私たちは世の光、地の塩と呼ばれています。そして、塩が塩気をなくしたら、それはもはや価値がないとも言われています。クリスチャンとして、神様に愛された者として、私のささやかな働きは、夫を愛し、義父母を大切にすることだと思っています。
小さな働きであり、病も持った弱い主婦でしかありませんが、今日も主のために台所に立ちたいと思うのです。小さな台所は私にとって、信仰の戦場とでも言いましょうか。もっと体にいいものを、もっと喜んでもらえるものを、もっと愛を込めてと、今日も奮闘しています。
(絵・文 星野ひかり)
◇

















