中国の悪名高き「馬三家(マサンジャ)労働教養所」の実態を伝えるドキュメンタリー映画「馬三家からの手紙」が、21日から公開される。主人公は、法輪功学習者の孫毅(スン・イ)。法輪功は、1990年代初頭から中国で普及するようになった気功修練法で、学習者が急速に増えたことから、中国政府から脅威とみなされ、大規模な弾圧を受けてきた。
映画を手掛けたのは、中国系カナダ人のレオン・リー監督。これまでに中国の人権侵害をテーマにした作品を幾つも世に送り出し、中国の臓器狩りを扱った「血の刃」(2016年)では、北米カトリック報道協会(CPA)主催の「ガブリエル賞」を受賞するなどしている。こうした映画製作の過程で、法輪功学習者だけでなく、中国政府の弾圧に苦しむクリスチャンやウイグル人、人権弁護士らとも交流を重ねてきたというリー監督に話を聞いた。
「馬三家からの手紙」のあらすじ
米オレゴン州に住む主婦ジュリー・キースは、スーパーで購入した「中国製」のハロウィンの飾りの箱から、ある一通の手紙を見つける。それは、中国でも「恐怖の城」と恐れられていた馬三家労働教養所に収容されていた孫毅が書いたSOSの手紙だった。8千キロを超える旅を経て、くしゃくしゃになったその紙には、馬三家の過酷な状況が記されていた。キースがこの手紙を地元紙に持ち込むと、瞬く間に国際的なニュースとなった。
世界的に広がったことで、中国政府はその後、労働教養所制度自体を廃止する。当時、中国国内には300近い労働教養所があり、約16万人が収容されていたとされている。そしてこのニュースは、デビュー作となる中国の臓器狩り告発映画「人狩り」(2014年)を製作していたリー監督、またその時にはすでに釈放されていた孫毅の耳にも届く。リー監督は3年かけて孫毅を探し出し、2人は命懸けの映画製作を始めるのだった。
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――なぜ中国の人権侵害を扱うように?
2006年に家族でカナダに移住した後、中国で強制的な臓器摘出、いわゆる「臓器狩り」が行われていることを初めて知りました。死刑囚からの臓器収奪については聞いていましたが、普通に生活していた人々の臓器を収奪していると聞いて驚きました。最初は信じられませんでしたが、その当時、臓器狩りに関する調査のパイオニアだったカナダのデービッド・キルガー元アジア太平洋担当相とデービッド・マタス弁護士の2人に会い、その詳細な資料を見せてもらったことで事実だと確信しました。
知った後はショックで丸一日食事をできないほどでした。この事実を伝える必要を感じ、映画という手段を選びました。最初は1年ほどで完成できると考えていましたが、8年かかりました。それがデビュー作である「人狩り」です。この映画製作の過程で、中国で弾圧を受けている数多くの人々と出会うことになりました。
――どのような人々と出会いましたか?
法輪功学習者や家の教会(政府非公認のプロテスタント教会)の人々、ウイグル人、人権弁護士などです。家の教会については、クリスマスイブに家の中でお祝いをしていると、突然警察が入ってきて、解散させられたという話を聞きました。この2年くらいは、十字架を取られて焼かれたという話や、中国政府が認可した翻訳以外の聖書は禁止されるようになったという話を聞きます。私はもう中国には入国できない身であるため、中国から北米に逃れて来た人たちからこういう話を聞きます。
――カナダ移住前、中国で弾圧について聞いたことは?
答えは「はい」と「いいえ」の間です。耳にはしていました。しかし、主流社会の話ではないと思い、あまり気に留めていませんでした。何か極端な人たちが問題や騒ぎを起こしているのだろうと考える程度でした。それについてエネルギーを費やして、調べたり、考えたりしようとはしませんでした。
――中国政府が弾圧の対象とするのは?
宗教なり信条なり、何かしらの信念を持っていることが一つの標的になります。中国共産党は、党のイデオロギーを第一にしてほしいですから、それよりも高い権威となるような道徳性のある宗教や、さらにそれを他の人にも広めようとする行為は、中国政府にとって脅威となり、弾圧へとつながっていきます。また、時期によって優先度が変わります。その時期に最も脅威を感じているグループを標的にするはずです。弾圧の仕方は対象によって異なるところもありますが、共通するところもあります。その共通部分を見ると、なぜ中国政府がそれらのグループに対して寛容でいられないのかが分かります。
――「馬三家からの手紙」は、日本ではすでに短縮版がNHKで放送されています。
NHKでの放送後、孫毅の精神に心を打たれたという感想が届きました。また毎日新聞では、山田孝男・特別編集委員がコラムで本作を紹介してくださいました。それによると、NHKの「BS世界のドキュメンタリー」で、最近100本のうち再放送のリクエストが2番目に多かったのが本作だったそうです。そうしたことからも、日本での手応えを感じています。
――監督自身は何か宗教を信じていますか?
特定の宗教を信じているわけではありませんが、何か崇高な存在があるというのは感じています。これは中国本来の文化に根ざすものです。創造主、クリエイター、どう表現すべきか分かりませんが、それが存在する。だからこそ、自分の良心に従って生きることが大切だと考えています。中国にいたときには、聖書も読み、一助となりました。すべての宗教には、愛だとか、慈悲心だとか、良心に従うことなど、共通点があると思います。
――日本のクリスチャンに向けて一言お願いします。
本作を観たクリスチャンの女性からメールを頂いたことがあります。キリスト教の歴史を見ると、昔も今も迫害があり、いかなる弾圧にも揺るがない孫毅の信念ある姿から大きな励ましを得たと話していました。中国政府による弾圧は、法輪功以外のグループに対しても同じです。孫毅が受けた拷問は、クリスチャンも受けている可能性があるのです。孫毅が持っていた精神の強さは、あらゆる宗教の人、また特に宗教は持たないという人に対しても、深い感銘を与えるものだと信じています。
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映画「馬三家からの手紙」は、3月21日(土)から新宿ケイズシネマで公開され、その後、順次全国で公開される。
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■ 映画「馬三家からの手紙」予告編