大塚国際美術館は、開館10周年記念事業として行ってきた「システィーナ礼拝堂天井画」完全再現を今年4月に終え、生まれ変わったシスティーナ・ホールを会場に10日、ヴァティカン美術館のフランチェスコ・ブラネッリ館長を招いての記念講演会を行った。「ヴァティカン美術館:世界に開かれた教皇座の扉」というテーマの下、ブラネッリ氏は、世界最小の国家であるヴァティカン市国の成り立ち、世界最大規模の美術品展示施設であるヴァティカン美術館の歴史、美術館の存在価値と意義、未来に対する展望などを語った。
ブラネッリ氏は講演で、「美術館は明日に向かった開かれた展望を持たなければならない」と語り、未来に向けた歴史的展開の意識を持っていかなければその存在意義を失うと伝えた。「美術館は自分の意志だけ、自分の歴史だけを飾っていることは許されない」と述べ、個人的な視野による狭い美術世界の展示に留まることが、歴史全体の姿を見逃す危険性につながることを示唆した。
ブラネッリ氏はまた、「異文化間の出会いや関係について語らなければいけない」と、自分たちの都合による展開ではなく、歴史的立場に基づいて、美術館を展開していくことの重要性を語った。さらに、美術館は画一的な特権者だけによる閉鎖的空間としてではなく、大衆に開けた、歴史的コミュニケーションの場となることが必要であると説き、「美術館とは、出会いと相互に豊かになる可能性に満ちた場所」であると語った。
変化が多い進歩的な発想と、安定した流れを供給する保守的思想が、共に一つの展望を構築していくことが重要であり、「美術館の将来はまったく悲観するものではない」と力説。将来の美術館の姿について、「それは認識の冒険。すばらしい才能と知識に関する新しいページを書こうとする試みではないか」と語った。
創世から今日まで歴史を旅する人間が、文化・芸術と歴史的アイデンティティの足跡を残す役割を担う存在としての美術館。講演では、その役割の重要性と、今後さらに発展する美術館へのビジョンが語られた。
講演の後には記者会見が行なわれ、同館に再現されたシスティーナ礼拝堂天井画についてブラネッリ氏は、「感銘を受けた」と笑顔で語り、始めは再現が可能であるのか疑問を持っていたが、今回の初来館で実際に再現を目にし、大きな喜びを感じたことを伝えた。また、「大塚国際美術館はシスティーナ礼拝堂天井画を完成することによって、大きな一歩を踏み出した。だからこそ、次の大きなステップを踏み出してほしい」と同館の更なる発展を期待した。
キリスト教の世界との初めての触れ合いが、絵画や美術品からという人々が多い中、美術品を通してどのような感化を受けて欲しいと願っているか、という質問に対してブラネッリ氏は、「カトリックの教会では、アートは言語として利用されてきました」と絵画が持つ役割の一面を説明。読むことも書くことも出来なかった中世の人々に、キリスト教の世界をより分かりやすく知らせるため、「見る」という手段として美術品が用いられてきたことを語った。
ブラネッリ氏は、聖書解読の理解を助けるため「橋」としての役割をもつ絵画は必要なものであり、キリストの言葉を伝えるメッセージとしての絵画・美術品に触れることで、多くの日本人がこの文化に対して関心を持ち、対話が始まる一つの手段として理解してほしいと語った。
最後に、複製画を展示する美術館の存在意義について質問され、複製美術は遠い国のアートを展示する唯一の道であり、また他国へ出すことが出来ず、購入することも出来ない美術品に触れる唯一の機会でもあり、未来の美術館像が現れていると語った。その上で、美術世界の最先端を行くとして大塚国際美術館の存在価値を評価した。
講演会には約450人が参加。500年の歴史を誇るヴァティカン美術館の館長から、開かれた世界観による美術館の将来に対するビジョンが伝えられ、美術世界だけに留まらない、人格形成への応用という意識の大切さを学ぶ貴重な講演会となった。
大塚国際美術館では11月を「ヴァティカン月間」とし、パネル展やギャラリートークを通してヴァティカン美術館の歴史や概要を紹介しており、今後も多くの企画が予定されている。問い合わせは、同館(住所:徳島県鳴門市鳴門町 鳴門公園内、電話:088・687・3737、FAX:088・687・1117)まで。
【フランチェスコ・ブラネッリ:ヴァティカン美術館館長】
1955年、ローマに生まれる。79年、考古学 ( エトルリア学および古代イタリア学 ) を修める。96年からヴァティカン美術館館長を務め、現在に至る。一方、その傍らで近代・現代美術史および考古学の分野で学術論文や研究論文を執筆。数々の修復プロジェクトや展覧会を企画し、ヴァティカン美術館のコレクションの増加、保存、振興に尽力する。00年の大聖年 を記念して着工されたヴァティカン美術館の新エントランス建設を推進し、同美術館の修復事業に大きく貢献した。ヴァティカン美術館500周年(1506年−2006年)に当たった昨年は、1年を通じて様々な記念イベントを企画、推進した。