近年、精神医療の分野で注目をあつめている「スピリチュアリティー」に関する諸問題を、聖書を通して市民に理解してもらおうと、聖学院大学総合研究所(埼玉県上尾市)が主催する「聖学院大学シンポジウム2005〜スピリチュアリティーとこころの援助〜」が7日、産学交流プラザ(さいたま市)で行われた。
会場には約90人が訪れ、パネリストとして、日本でのスピリチュアルケアの第一人者、窪寺俊之関西学院大教授(神学)、日本の組織神学を代表する近藤勝彦東京神学大教授、北千住旭クリニック(東京足立区)院長として医療に携わるかたわら精神医学の研究にも取り組んでいる平山正美東洋英和女学院大学教授を迎えた。「スピリチュアリティー」の一般定義とキリスト教的定義との違いについてパネリストがそれぞれの見解を語った。
窪寺氏は、精神医療のスピリチュアルケアは死を目前にした末期患者の持つ、在世への疑問に対する1つの回答となり得るが、患者が真に求めている永遠の命には到達することができないと述べ、医療の限界を明確に指摘した。患者の必要は聖書に根ざしたスピリチュアルケアによって満たされ、イエスを受け入れることによってのみ真の安らぎを得ることができると説いた。
近藤氏は、神学者の立場からキリスト教の「スピリチュアリティー」について言及し2コリント12:9から、弱さのうちに完全に主の力が現われることを信じる信仰によって、病という弱さが神とより深く交わる接点になると説明した。
平山氏は、グリーフ(悲嘆)ケアの現場での体験談や患者の実例を挙げた。言語障害のある患者が、身近な家族や神との交わりの中で何を見出していったのかを紹介したほか、聖書に基づいたスピリチュアルケアの具体例を紹介した。
参加者からは「各分野を代表する方々の話が聞けて、教えられることが多かった」などと感想が寄せられた。主催側は「この集会を準備する際、スピリチュアリティーという言葉をどう定義したらいいかと悩み、苦労した。しかし今回のシンポジウムの中でそのあいまいだったものが、はっきりとした形をもって理解できた」と語った。
また、窪寺氏は、ヨハネの福音書3:3を引用して「人は、聖書に書かれている神との出会いによって新しく生まれなければ、神の国、真の世界を見ることはできない」と語り、聖書に基づいたスピリチュアルケアの必要性を一般市民に再度訴えた。
聖学院大総合研究所は今月29日にも、ドイツと日本両国の戦後60年を記念した国際シンポジウム「戦後60年─ドイツと日本」を東京芸術劇場(豊島区)で開催する予定。