立教大学(東京都豊島区)は14日、歴史家で国際政治学者のピエール・コネサ氏を招いての公開講演会「『イスラム国』(IS)の戦争と西欧有志国の軍事介入の結末」(同大文学部文学科フランス文学専修主催)を同大の池袋キャンパスで開催した。学内外から50人が集まり、従来型では捉えることのできない戦争について話を聞き、その行方について考えた。
ピエール・コネサ氏は、フランスのシンクタンク、レス・プブリカ財団の学術顧問の1人で、パリ政治学院と国立行政学院で准教授として教鞭をとっている気鋭の国際政治学者。また軍事戦略の第一人者でもあり、日本でも岩波書店が発行する雑誌「世界」に論文が掲載されている。今回は、著書『敵をつくる―〈良心にしたがって殺す〉ことを可能にするもの』(嶋崎正樹訳、風行社)が日本でも翻訳され、8月に発行されたのを記念して来日し、この日の司会を務めた同大文学部名誉教授の細川哲士氏と旧来の知り合いという関係で、同大での講演会が実現した。通訳は、著書の翻訳も手掛けた嶋崎正樹氏が行った。
「立教大で講演するからには、自分のことを語ってほしい」という細川氏の注文に応えてコネサ氏は、戦略研究を始めることになったきっかけを語った。それは、1991年にソ連が崩壊するときに、ミハイル・ゴルバチョフ大統領の外交顧問だったアレクセイ・アルバトフ氏が「われわれはあなたがたに最悪の奉仕を行おう。敵をなくしてしまうのだ」と言ったことによる。
当時高級官僚として国防省に務めていたコネサ氏は、この発言が、西欧の戦略部門を事実上の操業停止に追い込むと思ったが、現実は紛争や戦争の脅威が減じることはなかった。このことが、「敵はどう作られるのか」といったことを考えるきっかけを与えた。
そして、「民主主義の場合、民主的に敵を作らなければならない」ことや、世界を見渡すと、紛争や戦争というのは450くらいあるが、実際に取り上げられるのは30~40くらいであることを明かし、「どのようなプロセスで取り上げる数が決まるのか。シリアは大切だけれど、コンゴは大切ではないということを誰が決めるのか」と問い掛けた。その上で、「アメリカを分析してみると、各省庁のシンクタンクや、民間の軍事関連機関が一緒になった軍産学複合体が誰を敵にするかを決めている」と述べた。
続いて、シリアの内戦と、フランスや米国が進めている過激派組織「イスラム国」(IS)に対する戦争について話した。現在ISは、2万5千人の戦闘員を擁し、2015年は20カ国でテロを行い、極めて深刻な問題であることを指摘した。続いて、この10年を振り返り、これまでアフガニスタン、イラク、リビアなどの内戦に西欧有志国が介入した際、全てが失敗に終わり、現在戦闘を進めているシリアも同様の結果に終わるだろうとコネサ氏は予測する。
このことについて、コネサ氏はISとの関係で説明した。西欧は、1990年代の軍事革命により、精度の高い兵器、ステルス技術、長距離に使える兵器、諜報技術など高度なテクノロジーによって優位性を得、コソボ紛争、湾岸戦争などの戦争に素早く勝利することができた。ここには、コラテラル・ダメージ(巻き添え被害)を生じないようにするという考えがあったが、その点では西欧は失敗している。コラテラル・ダメージがないと、国民にとって戦争は受け入れやすいものとなるが、これらの戦争では、多くの一般市民が命を落としている。
それに対して、ISの無差別テロは、国外で大量のテロを行う。それも、結婚式や、巡礼所、観光地など、あらかじめ人が集まるところを狙って攻撃する。また、西欧における戦闘機の値段が一国の国内総生産に匹敵するほど高額であるのに対して、7月にフランス・ニースで起きた無差別テロは、レンタル料わずか数百ユーロの、それさえも未払いの19トントラックが84人の死亡者、202人もの負傷者を出している。
また、社会的に見ても戦争は変わってきている。これまでは、制服を着た軍人が、国から給料を支給されて戦争に臨むという形だったが、テロ組織の戦闘員たちは、制服を着ているわけではないし、国境に留まっているわけでもない。さまざまなコミュニケーションツールを使って意思疎通を図っている。コネサ氏は、従来型の戦争形態ではなくなっていることを強調した。
さらに、軍事革命において言われるのは、「死者ゼロ」の戦争だという。これは兵士に死者が出ないという形で戦争を進めるというもので、自国の兵士が殺されなくなれば、その戦争は世論に受け入れやすくなるからだ。コネサ氏は、「それに対して、ISは自爆テロで対応する」と述べ、「自分の身を犠牲にするという自爆テロに、今やシリアでは希望者が殺到している」という驚くべき事実を明かした。
そして、「フランスでは、戦闘によって亡くなった兵士はいない。ところが、フランス国内ではテロによる死者が450人、負傷者が800人も出ている。これはかなり奇妙な戦争だといえる」と自国での出来事を振り返った。
最後に、ISがプロパカンダの戦争で勝利を収めつつあることを話した。アルカイダは当時、英語とアラビア語だけで発信していたが、ISは11カ国語で発信しており(日本語は含まれない)、これは外国に住むイスラム教徒を標的にしているからだという。また、アルカイダのプロパカンダは、長い演説を聞かせることにあったが、ISは、英雄とされる戦闘員が、「シリアに来て戦わないか」と直接誘う方法を採っている。加えて、西欧のダブルスタンダードも巧みに利用し、そこを突いてくることや、ISがビデオで斬殺の場面を流したりすることは、ハイパーバイオレンスであり、それはクメール・ルージュや文化大革命と同一であると述べた。
コネサ氏は、ここまでの話をまとめて、3つのことを語った。第1は、精神科医がよく言うような、ISの残忍さは病気なのだという言い方では十分ではないこと。第2は、サウジアラビアでも残虐なテロ行為が起きている、これをどう考えるのか。第3は、戦争はテロなどの問題を解決する手段ではなくなっている、西欧のコンセプトの逆をいく状況になっていると、現代の戦争が、戦略史上、重要な転換点を画していることを伝えた。
講演の後には、質疑応答の時間も持たれた。戦争と正義に関することや、防御によってどこまで市民をテロから守ることができるかなど、活発に意見が交わされた。
この日の講演会に参加した同大の大学院生は、「具体的な数字を挙げて、ISに限らずいろいろな戦争について多角的に述べてくれて勉強になった」と感想を語った。