ナホトカに着岸すると、税関検査が始まる。一人旅はいちばん最後だ。心細くなりかけたころ、税関に通された。もうだれもいない。ふとシベリア鉄道の時間は大丈夫かなと考えた。日本語のできる係官がスーツケースを調べ、変なものは持っていないかと聞く。当然「ニエット(いいえ)」だ。彼はすぐにスーツケースを閉めた。感謝。中には聖書が六冊入っていた。すべてOKに思えた時、税関長が係官に合図した。さあっと数人に囲むようにされ、特別取り調べ室へ連行された。
ポケットの中にある物を出すように言われ、ロシア語の聖書を一冊また一冊と取り出すと、係官たちは驚きの声を上げた。それが終わると、上着を脱ぐように言われた。シベリアの七月は暑い。上着を取ると、今度は全部脱ぐように命令され、上半身裸になった。身体を調べたが、何も身に着けていないのが分かると、ズボンはよいということになり、感謝だった。結局、九冊の聖書を没収され、正直に言わないと強制送還すると脅されたが、入国は許可された。
時間を見ると、ハバロフスク行きの汽車の発車時刻だ。何と二時間も取り調べられていた。ガランとした税関台の上に、私のショルダーバックが一つポツンとある。大きいケースはない。「私のスーツケースがない」と思わず叫んだら、「あなたの荷物は汽車の中です」と言う。「もう発車しているじゃないですか。どうしてくれるんですか」と言うと、係官は「あなたが行くまで汽車は動きません。さあ早く」と私を促し、大型バスが私だけを乗せて駅へ急いだ。係官のことばどおり、シベリア鉄道はゆったりと待っていてくれた。
実は税関台の上にポツンと置かれたバッグの中にも、聖書が十一冊さりげなく入っていたのだ。主の守りと背後の教会員の祈りを強く感じた。後で知ったことだが、私のソビエト宣教のことを聞いた台湾の婦人牧師二人が、二週間の断食までして祈っていてくれた。すべての宣教の背後には、主の御手と聖霊の導きがあり、同時に強力なとりなしの祈りがある。
私が飛び乗ると同時に、次の予定地ハバロフスクに向かって汽車は動きはじめた。十六時間の旅である。
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榮義之(さかえ・よしゆき)
1941年鹿児島県西之表市(種子島)生まれ。生駒聖書学院院長。現在、35年以上続いている朝日放送のラジオ番組「希望の声」(1008khz、毎週水曜日朝4:35放送)、8つの教会の主任牧師、アフリカ・ケニアでの孤児支援など幅広い宣教活動を展開している。
このコラムで紹介する著書『天の虫けら』(マルコーシュ・パブリケーション)は、98年に出版された同師の自叙伝。高校生で洗礼を受けてから世界宣教に至るまでの、自身の信仰の歩みを振り返る。(Amazon:天の虫けら)