祈り場へ行く途中
使徒の働き16章16節~24節
[1]序
今回も、ピリピ教会の誕生にかかわる記事を読み進めます。
ピリピ教会には、さまざまな人々が招かれました。また初めから困難に直面しながら恵みの業が進められたのです。この場合のように、祈りの場だけでなく、祈り場へ行く途中においてさえ。
[2] 「ただの人」
(1)「占いの霊につかれた若い女奴隷」
16節には、パウロの一行が、町の郊外にある「祈り場」に行く途中、「占いの霊につかれた若い女奴隷」に会ったとルカは報じています。人々はこの女奴隷が無意識に語る言葉を聞き、未来の事柄について指示を得、未来に対する不安を少しでも解消しようとしていたのです。女奴隷の主人たちは、不幸な女性を利用し、人々の不安からの求めに付け込み、利益を得ていました。彼女は利益を生み出す道具として利用され、人格の尊さなど全く無視されていたのです。
(2)「困り果てたパウロは」
17節と18節には、パウロたちとこの女奴隷の出会いをより直接に描いています。女奴隷は幾日もパウロの一行に向かい、叫び続けていたので、パウロは「困り果てた」とあります。
この場合の「困り果てる」は、途方に暮れ困り切ったという単なる受け身の態度であるよりは、気の毒な女性をとりこにしている悪霊に対する激しい怒りを示す、積極的な態度で鋭い攻撃と見るべきです(参照・使徒4章2節、マルコ14章4、5節に見る用例)。パウロはこの不幸な女性を支配している悪霊に憤慨して、「イエス・キリストの御名によって命じる。この女から出て行け」と宣言し、「すると即座に、霊は出て行った」(18節)のです。「占いの霊につかれた若い女奴隷」は、もはや占いができない、「ただの人」となったのです(参照・マルコ5章1節以下)。
[3]動機と口実
19節~24節。「占いの霊につかれた若い女奴隷」が「ただの人」になったとき、彼女の主人たちはパウロとシラスを捕らえ、告訴します。ルカは彼らの巧みな口実と、その背後の真の動機を描きます。
(1)訴えの動機
19節の初めには、「彼女の主人たちは、もうける望みがなくなったのを見て」と、女奴隷の主人たちが何を一番大切にしていたかを率直に伝えています。気の毒な女性が「ただの人」に戻ることより、自分たちの収入源がなくなる方が、彼らにとっては大きな問題なのです。20節と21節に訴えの理由を挙げています。しかし本当の動機は何であるか、ルカは鋭く見抜いています。
(2)訴えの口実
三つの口実を挙げています。
1. ユダヤ人である事実。「この者たちはユダヤ人でありまして」と、レッテルを張り、人々の反感に訴えて、本当の動機を隠すのです。
2. 「私たちの町をかき乱す」。ローマの植民地都市ピリピにとって、治安の維持は大きな関心事でした。自分たちの利益のため、町の治安維持との口実を用いています。
3. 「宣伝している」。ローマは各民族の宗教に対しては寛容な態度をとっていたようです。しかし外国の宗教が、ローマ人に対して回心を求めることを禁止。ローマの軍隊制度、国家秩序を中心に物事を考える人々に、パウロやシラスの宣教活動そのものを訴えの口実としています。
女奴隷の主人たちは、自分たちの本音をもっともらしい口実で隠し訴え、群衆を巻き込み、市当局に圧力をかけます。そのため長官たちは、正当な裁判の手続きをせず、弁明の機会も与えず、「牢に入れて」(23節)しまいます。パウロとシラスは大変な状況に陥ったのです(24節)。
[4]結び
ピリピ教会の誕生にあたり、ルデヤとその家族とともに、女奴隷も導かれています。さまざまな人々が招かれピリピ教会が誕生したのです。いつの時代もそうです。
また口実とその背後の真の動機を見分ける識別力の必要(ピリピ1章9、10節)も教えられます。
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宮村武夫(みやむら・たけお)
1939年東京生まれ。日本クリスチャン・カレッジ、ゴードン神学院、ハーバード大学(新約聖書学)、上智大学神学部修了(組織神学)。現在、日本センド派遣会総主事。
主な著訳書に、編著『存在の喜び―もみの木の十年』真文舎、『申命記 新聖書講解シリーズ旧約4』、『コリント人への手紙 第一 新聖書注解 新約2』、『テサロニケ人への手紙 第一、二 新聖書注解 新約3』、『ガラテヤ人への手紙 新実用聖書注解』以上いのちのことば社、F・F・ブルース『ヘブル人への手紙』聖書図書刊行会、他。