イエスご自身が近づいて、彼らとともに道を歩いておられた。しかしふたりの目はさえぎられていて、イエスだとはわからなかった。……ふたりは話し合った。「道々お話しになっている間も、聖書を説明してくださった間も、私たちの心はうちに燃えていたではないか。」……イエスは、聖書を悟らせるために彼らの心を開いて、こう言われた。「……キリストは苦しみを受け、三日目に死人の中からよみがえり、その名によって、罪の赦(ゆる)しを得させる悔い改めが、エルサレムから始まってあらゆる国の人々に宣べ伝えられる。あなたがたは、これらのことの証人です。……いと高き所から力を着せられるまでは、都にとどまっていなさい。」(ルカ24:15~49)
イースターおめでとうございます! 4月、日本では新年度の始まりに、イエス様の復活を祝えるのは素晴らしいタイミングです。
最近のスポーツ界では、ゴルフの松山英樹選手や大リーグの大谷翔平選手が、大盤振る舞いの寄付やプレゼントをして話題になっています。彼らの「与える姿」には感動を覚えますが、救い主イエス様が私たちに与えてくださったものは、桁違いです。一部の人にではなく、全人類、歴史上の全ての人のために、ご自身の命をプレゼントしてくださったのですから。
私たちは、自分の力では罪を清めることができません。私自身、年を重ねるほど言い訳がうまくなる自分に気付かされます。自分では償い切れないドロドロした罪を、神でありながら人となられたイエス様が、十字架で全部背負って清めてくださいました。
イースターは、その物語が死で終わらず、3日目に死の力を打ち破ってよみがえられたことを祝う日です。この復活を通して、私たちには死を超えた永遠の命の希望が与えられています。
今日は、ルカの福音書24章から、この恵みのすごさを語る4つのポイントを見ていきましょう。
1. 神の御心とご計画の実現!
イエス様の十字架と復活は、単なる運命や成り行きではありません。それは、私たちが新しく生まれ変わるための「神の救いのご計画」のど真ん中そのものでした。
聖書が預言していた通り、キリストは苦しみを受けてから栄光に入る必要がありました。そうしなければ、人は救われないからです。これは、私たちを救い、神の子どもとするために、神様が最初から用意されていた究極の愛のご計画なのです。
2. それに引き続いて起こる出来事がある
エマオへ向かう弟子たちは、復活の主と気付かぬまま、イエス様と歩いていましたが、後に「心が燃えていたではないか」と語り合いました。十字架と復活は、それで完結して終わるものではありません。絶望していた心に、神の命の火がともされる「新しい物語」の始まりなのです。
イエス様と共に歩むとき、私たちの内側にも、冷めた心を燃え立たせる新しい何かが必ず引き起こされます。
3. リアルな主キリストの臨在がある
復活は空想話ではありません。イエス様は「幽霊には肉も骨もないが、わたしにはある」と言って手足の傷を見せ、焼いた魚まで食べられました。十字架も復活も、目撃者が存在し、歴史にも記録されているリアルな出来事なのです。
この、今も生きておられるリアルな救い主、イエス様という土台があるからこそ、私たちは複雑な現代社会の中でも、決して一人ではなく、確信を持って歩んでいけるのです。
4. 新たな悔い改め、救い、力の物語の始まり!
イエス様は、罪の赦しを得させる悔い改めが世界に広まること、そして、「いと高き所からの力」である聖霊を送ることを約束されました。
私たちは自分の力だけで頑張る必要はありません。罪を悔い改めて救いを体験し、神の子とされ、神様から与えられる聖霊の力を着せられて歩む人生が、ここから始まるのです。
この新しい力こそが、私たちの毎日を支え、困難を乗り越えさせるのです。この恵みは今、あなたのものです。リアルな復活の主を受け入れ、新しい命の物語を共に歩み始めましょう。
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