イエスは……このようなたとえを話された。「あなたがたのうちに羊を百匹持っている人がいて、そのうちの一匹をなくしたら、その人は九十九匹を野原に残して、いなくなった一匹を見つけるまで捜し歩かないでしょうか。見つけたら、大喜びでその羊をかついで、帰って来て、友だちや近所の人たちを呼び集め、『いなくなった羊を見つけましたから、いっしょに喜んでください』と言うでしょう。……それと同じように、ひとりの罪人が悔い改めるなら、悔い改める必要のない九十九人の正しい人にまさる喜びが天にあるのです。(ルカ15:3〜7)
神様を信じるということは、人生の大きなことから、生活のささいなことまで神様にお祈りできることです。神様の愛は豊かですから、私たちが何を願い、何を求めようと、神様の愛にとって小さ過ぎることはありません。
逆に、あなたの人生にとって、どんなに大きな問題で人の手には負えないと思えるようなことでも、神の偉大な力にとっては、大き過ぎることはありません。私たちの人生に寄り添い、愛をもって選び出し、一人一人のために特別な人生を用意し、使命をお与えくださる真の神様がいることを忘れてはなりません。
天地宇宙を創られ、命の与え主である神を信じることは素晴らしいことですが、「神」という概念だけでは分かりにくいので、御子イエス・キリストを通して人の姿をとり、人の言葉を語り、私たちと同じ苦難に満ちた生活を送り、私たちの罪を負うために十字架で死なれ、神の愛を示されました。この方のお言葉を聞くときに父なる神が分かります。
今日はルカの福音書15章で、神様が私たち一人一人に対して持っておられる愛を示す例えの物語です。100匹の羊を飼っている羊飼いが、放牧を終えて集めた羊が1匹いないことに気付きました。この羊飼いは99匹を残して、いなくなった1匹を捜しに出かけました。捜し回った挙げ句やっと見つけて喜んで帰って来て、家族や近所の人にまで見つかった喜びを伝えました。
現代の感覚で考えれば、99匹の安全を考えて、100分の1のたった1匹の羊は諦めようと、捜さないで帰るかもしれません。この羊飼いは、損得勘定ではなく、1匹に対する愛とこだわりで行動しました。聖書の神は、あなたの存在、いのち、生きざま、心の状態、魂の在り方にこだわっておられます。3つのポイントを確認します。
1. 神は、あなたという一人にこだわっておられる!
神は、あなたを世界の80億人のうちの一人としてではなく、かけがえのない特別な一人として見ておられます。ともすれば、家族や会社の中でいてもいなくてもいいような存在に思えても、神はあなたをご存じです。神はとことんあなたにこだわっておられることを忘れないでください。
2. 神はあなたのことを愛し、喜んでおられる!
命の与え主であり、愛の根源である神様のあなたへの愛は、80億分の1ではなく、100パーセントです。あなたにこだわり、とことん関わってあなたを愛し、あなたが本当に喜んで生きていることを喜ばれる主なのです。
3. 神と共に歩む、神が共におられる人生がある!
いなくなった羊のように私たちも失敗し、神の恵みの中から迷い出たり、神に背を向けてしまうことがあります。しかし神は、御子イエス・キリストを通して、迷った私たちを捜し出し、神の愛を語り、神と共に歩むことを求めておられます。
御子イエス・キリストを救い主として信じ受け入れるならば、迷い出た羊が飼い主のもとに帰って来て愛され喜ばれたように、私たちも神のもとに立ち返ることができます。
春とともに新しい年度が始まりますが、あなたに命を与えてくださった神と共に歩んでください。神の愛を受け入れて、神と共に歩む人生を選ぶことができることを感謝しましょう。
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